君が為,春の野に出でて若菜摘む

わが衣手に雪はふりつつ

 

 

福寿草

 

すでに冷たさも痛さも感じなくなった頬に

なおも狂ったように吹雪が叩きつけてくる。

追手から逃れたまではよかったのだが、

あれからどの位の間、この山中をさまよっているのだろう。

幽玄で、ただ、ただ、白いだけの景色ではまえに通った道なのか

どうなのかさえも、もはや定かではない。

膝までしっかり埋もれる雪に足がもつれ

気が付けば、さらさらと粒子が流れるような柔らかな大地に

身を投げ出していた。

それは意外にも暖かな母の胸で眠る様に心地よく・・・

「・・・・・・・・・ああ,これ以上どこへ進めと言うのか・・・」

返ってくる言葉などあるはずもなく、その頭上に,背中に,足に

それは降積っていくのだった。

 

 

 

赤々と燃えている囲炉裏の火,立ち上る白い湯気

鼻腔をくすぐる旨そうな匂いに、トントンと心地よく響く音

「たすかったのか・・・・・・?」

信じられない面持ちで音の聞こえるほうに目をやれば

山吹色の小袖に白い前掛けをした女が

「やっと気付かれましたか?」とこちらを見て微笑んだ。

 

・・・その姿に一瞬息を呑んだ。

この世のものとは思えないほどの美しさなのである。

豊かでつややかな黒髪,ヒスイの如く深いその瞳,

まるで血で染めたような赤い唇

それらを見ているうちに徐々に心が凍り付いていくのがわかった。

こんな山奥に家が?  どうやって大の男をあのか細い腕で運べる?

・・・そんなこと出来るのは、もののけぐらいではないかと

 

だんだん青ざめていく男の顔色に気付いたのか雪女は・・・いや女は

「ふふっ」とおかしそうに笑った。

「私がもしそのようなものであれば、このような暖かな場所には居りませぬゆえ

御安心なされませ。ささ,こちらで夕餉でも」と暖かく燃えている囲炉裏へと

手招きをする。その言葉にほっとして床から起き上がろうとしたその時

全身に突き刺すような痛みがかけぬけた。

「うっ」といううめき声に駆け寄ってきた女は

「まだ痛みましょうな。なにせあの雪のなかを何時間も歩き回られたのですから。」

そう言うとその透通るような両手で男の頬をそっと包み込んだ。

 

不思議な感覚

「痛みが癒え・・・る?」

「さて、そんなことはないでしょう。ただ安心なさっただけ。

熱がある子供の額に母が手をやると、ぐっすりと眠るそれのように・・・」

・・・ではなぜ自分の痛みが消えたのと,まるで移し変える様に目の前の女の顔色が

かげってみえるのだろう。

まるでそのことを悟られぬようにか

女はそそくさと立ちあがり,二人分の汁を椀にうつしだした。

 

 

「どうしてあのような場所で倒れていたわたしを、あなたは見つけ出して

くれることが出来たのか,それが不思議で・・・」

ふと、暖かな食事に一息ついて今まで隠していた本音を漏らせば

「他愛もないこと。私が薬屋の娘で,足のわるい父の代わりに必要な薬草を

この雪山まで採りに来て、あなたを偶然見つけたのです。

ホントに運がよかった、後少し遅れていれば命の保証はありませんでした。」

と穏やかに応える。

「かたじけない。この御恩は決して忘れませぬゆえ,私が都に戻った

時には是非、御恩返しをさせてください」と姿勢を正して慇懃に礼を言うと

まだ何か思うところがあるようで「・・・しかし」と繋げる。

「はい?」

「こんな雪に埋もれた山中に薬草など・・・」あるものだろうか,

と、言葉にできぬ疑問を投げかければ

「なにも薬草と言うのは草ばかりではなく堅く結んでいる木の実や蔓,

木の皮も使えます。・・・・・まだ信じては貰えぬのですか?」

と悲しそうに目を伏せる女を見るともうなにも言えなかった。

ただ引き寄せられるように二人の影は寄り添い・・・

 

カタン,と焼け落ちる薪の音に男は目を覚まし、

辺りを見まわすとそこには人の気配はなく

ただ微かな花の香りが残っていた。

すっかり元通りになった肢体で木戸を開け放てば

昨夜とは見違える如く水色に晴れ渡った空

積った雪が溶け出す大地の中に可憐な一輪の福寿草を見つけた。

 

 


スミマセン(^-^; まともに書けもしないのにやってしまいました。

まめに書いていればそのうちなんとかなるんでしょうか・・・

お付き合い大変ありがとうございました。

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