桃の花が舞い散る下で契りし約束は
生涯決して違うことはない・・・
その芳醇な馨りにも似て
桃花園
「おまえ本当にいっちまうのか?」
風に乗って祭囃子が聞こえてくる境内に続く
長い石畳の一角を陣取り,隣に座る相手に話しかける
その表情は、その場を包んでいる華やいだ空気には程遠く
じきに訪れる別れの悲痛に充ちている。
「・・・・・仕方ないだろ」
・・・仕方ない。父親をこの前の戦で亡くしてから、あれほど気丈だった
母親が気の病のせいからか,すっかり弱ってしまった。
見るに見かねた母方の両親が再三、里に帰るように勧めたのだ。
元々知らぬ土地に嫁いで来た為、身近に親戚もなく
また最愛の夫まで失ってしまったのだ。
どうしてこの地に未練が残ろうか・・・
「なにシケた顔してやがんだ!?」後ろからポン!と肩を叩かれて
降り返ればようやく待ち人来たり。
「早く行こうぜ」と遅れてきた本人がしゃーしゃーとのたまう。
「おまえ、たまには時間守れよ〜。自分から言い出しておいて」
双方から聞こえる非難の声を聞いているのかいないのか、
小突かれたり、蹴りかかられたりしながらもニコニコと笑いながら
残りの石段を上り詰めればそこは行き交う声も楽しげな桜花爛漫な花舞台。
買い物客の心をくすぐる様にかかる威勢の良い声。
どこからともなく聞こえてくる酔いしれるような横笛の調べ。
「えっ,どこまで行く気なんだ?」いっこうに止まることのない足取りに
少し不安に為ったのか,後からついて来る二人がどちらともなくそう尋ねた。
「もうすこしさ」
ようやく立ち止まったのは境内の裏にある大きな桃の木の下。
見ればその木の根元には金の盃がのせられた盆が用意されている。
呆気に取られる二人に向かい
「ここの桃の木が一番立派だったからな」と、ぽつりと呟く。
「ああ、そうだな」
「・・・・俺もそう思う」
3人はお互いの顔を見合わせながら満足そうに笑った。
そのむかし、政治の腐敗に苦しむ民衆を救わんと
志を同じくした三人の若き青年が桃園の下で
永遠の友情と大願を立て盃を交わした。
「必ずや理想を現実とし、同年同月同日に生まるるを願わず
願わくは同年同月同日に死なんと」
譬え一緒に過ごす時間は一瞬でも、永遠と感じる
ことは確かにある。
溢れるように咲く桃花の下で友情の盃を交わした3人の胸には、
いつまでも消えない暖かなぼんぼりの灯が今確かに灯った。
そんな3人の頭上で粋な鶯が彼らの行方を応援するかのように清々しく鳴いていた。
男同士の友情もの,一度書いてみたかったんです。
三国志の中にある桃花園での兄弟の契りの場面、
超お気に入りです。