なぜアーティストはプリミティヴィティに魅了されるのか.と、いうこと. 「アフリカン・アートを学ぶ」とひとことで言っても、「(ひろい)アフリカのいったいどこの?」と思う人って、実は少ないような気がします。 わたしが学んだテクニック、モチーフ等は、西アフリカ、主にヨルバ族のものです。 染色を主体にアート・ワークをつくります。 シャーマニズムなどに深く関係する”アフリカの工芸”のようなもの(木彫りのマスクや像、部族の衣装など)は全土にありますが、いわゆる”アーティスティック”なものは、主に西部でうまれています。 わたしの言う”アーティスティック”なアフリカ芸術、というのは、ただ単に”必要とされて”つくられたものでなく、装飾に使われる、デザイン的なものです。 おしゃれなアフリカンのこと、”必要とされて”つくられた工芸の数々も、装飾品であることには違いありません。 例えば、部族の総長の衣装は、素晴らしく手の込んだ、ある意味”芸術作品”です。 (他と違うものを身につけることによって、彼らは自己の地位の存在をアピールしています。) しかしわたしは、あえて、アフリカの伝統的な技法や根底にある観念・信念を守りつつ、日常に使われるものでありながら、スタイルの中にバランスを見つけられる、そんなものを、”アフリカン・アート”とよびたいのです。 わたしの視点から見た”アフリカン・アート”というのは、そういった意味では、もう”アフリカン・アート”とカテゴライズされるものではないのかもしれません。 アメリカでアフリカに出会ったモロモロの. わたしが3年間在籍したボストンのアートスクールは、ニューヨークのアヴァンギャルドな現代美術につよく影響をうけた、アメリカ人生徒がほとんどでした。 そのことが、かえって、アマノジャクなわたしを、プリミティヴな世界に目を向けさせたのかもしれません。 もともと絵がやりたくてこの学校に入ったのですが、なぜアフリカン・アートに。 日本人のわたしには、アメリカ人(と、ここではひとくくりにしてしまう)のように、人種・ゲイ差別、ガンによる犯罪などの、社会的な問題に対する、こころから溢れ出るメッセージはない。 社会的メッセージとしてよりもむしろ、日本の古典的芸術を重んじるところの、人間として、自然の一部としての、”自分”を、アートで表現することのほうが自然に思えるようになったのでしょう。たぶん。 学校のテラスでタバコを吸いながら、ボーッとしていても、そんなことを考えることなんかありませんでした。 ましてや、日本にいたら、こんなこと、思いつきもしないでしょうが。 『R&A』は”リズム&アート”という意味でつけた名前です. アフリカン・アートの魅力は、”リズム”。 今にも体が動きだしそうなリズミカルなパターン。 温かく、かつ力強い、自然からのメッセージ。 人が”人間”であることを実感する瞬間。 *1エレコという技法を使うとき、脚立に立ち、熱湯のはいったドラム缶のようなバケツに畳一畳分以上の大きさの布の蝋(ロウ)を落とします。 手早く、体を上下しながら(それはまさにプロレスラーがスクワットをしている姿)、蝋を落とすのです。 でないと、お湯が冷めて、布についた蝋を落とすことができません。 その姿を見たわたしの恩師がひとこと。 ―――――――――― "YOU ARE DANCING !!!!!" ――――――――――― *2エロや*3アラブレで染めるときは、ロープや糸を巻いたり縫ったりします。 その手の動きはとてもリズミカルです。 (気が遠くなるような作業なので、実際にウォークマンで音楽をききながらやっていました。) 布を折り、まとめられた布の端のみ染めて、パターンをつくるサバダ(SABADA)は、染めたあと布を開くと、そこにはまるで色とりどりの五線譜のような柄がわたしをノックアウトします。 *1ELEKO:日本の染色で言うろうけつ染め *2ELO:ランダムに布を折り、その上から染める技法 *3ALABERE:蝋のついたタコ糸でステッチし、色をリジストする技法 多くの素晴らしい芸術家たちを魅了したプリミティヴィティ。 わたしも(”素晴らしい”革命的芸術家ではないけれど)そのうちのひとりだと思ってます。 |