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キクちゃん、今なにやってんだろ

日曜の午後11時ごろ、ケータイが鳴った。

わたしのケータイは一日中鳴らないことも少なくない代物なので、上方お笑いコンビ・笑い飯のネタが着信音になったものであるところの『もしーん』が鳴ったとき、わたしはとてもびっくりした。
この時間だとまず間違い電話だと思っているので、だいたい無視する。そもそもこの時間だと充電中で手元にないので、鳴っていることに鼻っから気づかない。この日は、鳴るケータイを見てみるという普段あまりない行動に出た。
ディスプレイウィンドウを見ると、画面には15年来の友達の名前があったので出てみた。数少ない、オトナになってからも親交のある学生時代からの友達だ。

「『情熱大陸』にキクチさんが出てるよ!ミナミさんも出るかもよ!」

いきなりそう言われ、「キクチさんって誰だ?」と首をひねった。
ミナミさんは、おそらくわたしと一時期アパートの部屋をシェアしていたジャズピアニストの南博氏のことだ。では、キクチさんって...。
そして、彼とわたしが共通で知る「キクチ」という人の顔が頭に浮かんだ。

わたしがまだ美術大学生だったアメリカはボストン在住時代に、バークリー音楽院という音楽大学に通っていた「キクちゃん」こと、サックスのキクチさんだ。
ルームメイトが彼のモノマネをよくしていた。
学習院大学卒業という肩書きから想像する人物像を裏切らない、いい意味でも皮肉的な意味でも浮世離れしている人だった。南さんが彼と同じ大学に所属していたこともあり、わたしの結論では「キクチさん」は「キクちゃん」でしか有り得なかった。
とりあえずテレビをつけてみる。
で、友人はと言えば、「あっ!じゃあね!!」とそれだけ言って電話を切った。

映ったのは、耳に3つピアスをつけてサックスを吹く軽い感じの人で、ナレーターに「現代のカリスマ」とか言われている。

「顔も変わったし、ずいぶん痩せたなぁ。」

わたしは「キクちゃんってこんなにワイルドになったんだ〜」と思いながらテレビを観ていた。
そしてテレビでは、テレビのキクチさんのプロフィールをかんたんに説明していた。「上智大学中退」と出ていた。
ここでわたしは、やっとテレビのキクチさんが、「キクちゃん」ではないことを知った。

「では、このキクチさんっていったい誰だ...」

釈然としないので、電話をかけてきた、今は番組を観ているだろう友人にメールしてみた。

「誰?キクチさんって。」

しばらくして返ってきた返事には、ひとこと
「みなみさんのともだち」
知るわけないじゃん......

番組が終わると、友人からの電話が鳴った。
「見た?ミナミさん出てたね!」と言う友人に、「っていうか、キクチって誰なんだよ」と問うと、慌てて電話をしてきた割りには「ああ、おもしろい人なんだよ。彼のホームページの日記おもしろいよ」程度の答えで、結局その日は他の話題についてもほとんど話はしないで床についた。
要は、「ミナミさんが出るかもよ」といった話だったのか。

ところで、わたしはいったい何年ぶりにキクちゃんのこと思い出しただろう。
わたしが大学在学中に日本に帰国したと記憶しているので、たぶんキクちゃんを思い出したのは23,4の頃以来。12,3年ぶりだ。
言うまでもなくキクちゃんとキクチさんとはなんの関連もないんだが、偶然おなじサックス奏者だと思うとなんだか笑える。

年月が経ったことを加味しても、キクちゃんがキクチさんのようにワイルドに変貌することは有り得ないと改めて思ったわたしであった。