釣りをするひと

「あ、いた」
埠頭に人影を見つけた。
他の釣り客から離れ、魚の少ないポイントに佇む人。
私は、その人の横に座る。
「今日もここにいるね」
「そうだな」
彼はこちらを向かない。
真っ直ぐに海を見つめている。
私も、海を見つめる。
「何が釣れるの?」
「何も釣れない。唯、こうしているだけさ」
彼が釣り糸を巻き上げると…糸の先には錘しかついていなかった。
「意味ないよ」
「でもいいんだ」
彼の声はとても澄んでいる。
何の迷いも無い。
まるで、この青空のように。
「じゃあ、何をしているの?」
「釣りのフリ」
「変なの」
「いいんだ」
「…本当は?」
えっ、と彼の表情が一瞬変わった。
だけど、彼はすぐに笑顔に戻った。
「…考え事をしているだけ」
「どんな?」
「海の、空の広さ」

そう言うと彼は糸を巻き、釣りざおを岸に置いて寝転んだ。
私も一緒に寝転ぶ。
ちょっと、日差しが眩しい。
「海は果てしなく広い。海を通して世界中は繋がっている。
 そんな中で僕はどれほど小さい存在なのか、ってね」
「そう…ね」
はふっ、と私は一息つく。
「だけど、そんなことはどうでもいいんじゃない?
 私は、今、自分が楽しければそれでいいわ」
と私は言い放った。
だけどすぐに私は後悔した。
彼の気持ちを裏切ったような気分になったから…
だけど彼は、笑っていた。
「…そうだね。確かに、海の向こうの事、海底での食物連鎖、
 空の彼方を吹く風、宇宙の隕石…僕には直接関係ないものね」
「……」
私は黙り込んでしまった。
次に出す言葉が、ポッカリなくなってしまった。

すると、彼は再び起き上がった。
そのまま釣りざおを手にすると…錘を思いっきり遠くへ投げた。
錘は糸と共に綺麗な放物線を描き、水面へ落ちた。
何も無い、真っ白な午後。
世界一無駄で、世界一大切な時間を、
私は、彼と共に…