ポラロイドカメラ

僕は今日も、ポラロイドカメラを片手に旅に出る。
鞄にカメラとフィルムの束を詰め、背中に担ぐ。
愛車に跨り、目指すは海。

30分ほど走って、海岸線の道路へ到着。
僕はカーブの外側にある駐車スペースにバイクを止め、
鞄からカメラとフィルムを取り出す。
フィルムをセットして、あらためて景色を眺める。
空は快晴。
疎らに見える雲がより青空を強調している。
海も穏やか。
空の青を吸収し、海も気持ち良い青に染まっている。
岩場の波の白さが、青空の雲のように海の青を際立たせている。
僕は、久々に見る美しい景色に思わず見とれ、
無我夢中でシャッターを切りつづけた。
景色を切り取り、フィルムに収める。
その行為自体に、僕は愉しみと興奮を覚えている。
美しい景色は、何度見てもいいものだから。

フッと、目の前が真っ暗になった。
僕は驚いてカメラから目を離す…と、
そこにいたのは幼馴染の女友達だった。
「どうしたの?こんな所で」
「人のこと言えないわよ。こんな辺ぴなところで…」
彼女は自転車で来たようだ。
自転車を僕のバイクの横に止める。
「このアメリカンバイクって…?」
「そう、僕の」
「跨っていい?」
「いいよ」
そう言うと彼女は僕のバイクに跨った。
長い足と短い髪が、妙にバイクに合っていた。
彼女はポケットを漁り…煙草とライターを取り出す。
「煙草吸うの?」
「ううん、全然」
彼女の言動が矛盾している。
だけど、そんなことはお構いなしのようだ。
煙草に火をつけ、煙草を吸う。
「ぐっ…げほっ、えほっ…」
と、すぐにムセた。
「だ、大丈夫?」
「けほっ…うん、大丈夫」
僕は、彼女の事を心配した…が、僕の本能は別の事をしていた。
バイクに跨ったときの、期待に満ちた子供のような彼女。
煙草に火をつけるときの虚ろな瞳、長い指、艶やかな唇。
火をつけ、煙草を吸うときの物憂げな表情。
むせ返った後の苦笑い。
それらを、僕は無意識のうちにカメラに収めていた。

「あ…っ」
彼女の表情がみるみる曇る。
まずい。見られた。
状況からして、これじゃあ変態かストーカーにしか見えないだろう…
ところが、 「やだなぁ、こんな変なところ撮らないでよ」
そう言いながら、彼女は精一杯の笑顔でポーズをとった。
もちろんそれも、数枚カメラに収める。
どうやら僕の杞憂だったみたいだ。
「ね、せっかくそれあるんだし、偶然ここで出会ったんだし…
 記念にツーショットを撮ろうよ」
「え…?」
僕は動揺した。
生まれてこの方、女性に触れたこともないし
一緒に写真を撮ったこともない。
だけど彼女は半ば強引に僕を引き寄せ、肩を組んで頬を寄せた。
彼女の柔らかい肌の感触が左半身から伝わってくる。
だけどぼーっとしているわけにもいかず、
とりあえずシャッターを切った。

写真を撮ると、彼女は急に僕とは反対側の海の方を向いた。
声をかけようか躊躇ったが、僕は出来た写真が気になり、そちらを見た。
だが、結局は彼女に声をかけざるをえない状況になった。
写真の彼女は笑っていたが、彼女の頬を大粒の涙が伝っていた。
「ちょっ…どうしたの?」
僕が声をかけても、彼女はうつむいたまま。
彼女が口を開かない限り、状況は動かない。
そう判断した僕は、彼女と背中合わせになるように
リアサスペンションの部分を背もたれにして地面に座った。

日はどんどん傾き、気が付くと夕方になっていた。
だが、僕が座り込んでから2時間経ったのか、15分しか経っていないのか
僕には分からなかった。
ただ、二人の間には重い空気が流れているだけだった。
そして…彼女はようやく口を開いた。
「…今日、彼と別れたんだ…」
僕は、そのたった一言の為に重苦しい時間を過ごしたかと思うと、
少しだけムッとなった。
けど、それよりも、その一言の重さを僕は十分噛み締めていた。
「そう…か…」
「…だから…今日は半分ヤケになってて…今日、ここで死のうと思ってたの」
僕はビックリして立ち上がった。
だけど、彼女に動く様子はない。
「だけど…今日会えて、少し良かったなって思ってる。
 今日はあんまり喋らなかったけど…こんなのもアリかなって思って。
…今日はごめんね」
「いや…いいよ。こんな僕でも役に立てたんなら」
「…ねぇ、私を乗せてってくれない?」
僕は反対側のヘルメットホルダーを確認した。
そこにはタンデム用のヘルメットはちゃんと付いていた。
「いいけど…自転車は?」
「もういらないわ。前の彼に買ってもらった物だもの」
「そっか…いいよ、乗っても」
僕はカメラとフィルム、今日写した写真を鞄に詰め込んだ。
「あ、鞄は私が持つよ」
「そう?」
僕は彼女に鞄を渡した。
彼女が鞄を背負っている間に自分用ヘルメットをかぶり、
バイクのエンジンをかける。
彼女は準備が出来たようで、僕の背中にしがみついてきた。
僕の心臓の鼓動が一気に早まる…が、今の彼女の事を思うと
そんなやましい気持ちにもなれない。
「…ねぇ、少し走ったところに長い直線があったよね?」
「うん、あるけど?」
「そこで少しでいいから、本気で走って欲しいの…
 …前の彼の事は全部忘れたいから…」
「いいけど…ビビって腰ぬかすなよ」
「だーれがっ!」
彼女が、ようやく2度目の笑顔を見せてくれた。

僕はその笑顔を堪能した後、バイクを発進させた。
3500rpmでシフトし、バイクはゆっくりと海岸線を走る。
そして、彼女がご所望のストレートに到着。
一時停止線できっちり止まり、ストレートへと立ち上がる。
回転数計は一気に最大トルクの7000rpmを越え、最大出力の10000rpmへ。
エンジンが咆哮をあげ、限界域の12000rpmまで針が回った。
すかさずアクセルを抜いてシフトアップ、7500rpmから再び限界域へ。

平野を駆けるバイクは乙女の恋の破局の傷を癒すため、
白銀の弾丸となって、地平線の彼方を目指す…