柔らかい殻

中にあるモノを大切に包む殻。
だけど、とても壊れやすく、儚い。

僕は二人暮しをしている。
都会へ上京し、大学に入るためにアパートを探していると、
佳奈子という、2〜3歳年上の女性と出会った。
佳奈子の思考はとても合理的で、この二人暮しも佳奈子の提案だった。
家賃を佳奈子が払う代わりに、僕が家事を全てこなす。
お金の無い僕には、願っても無い話だった。

だけど、その相手が悪かった。
帰ってくる時間はいつも不定期。
男を連れこむことも珍しくは無い。
陽気に帰って来たり、一言も話さずに自分の部屋に言ったり、
ベロベロに酔っ払っていたり、お土産を買って帰ったり。
ただ、佳奈子が時折見せる憂鬱な表情が、僕の脳裏から離れなかった。

そして佳奈子の行動はいつも突発的。
休日、突然僕を連れ出すことも、今となっては慣れっこだった。
佳奈子は就職していて、自分の車も持っている。
男と遊んだりしながら、充実した毎日を送っていることだろう。
かたや僕は家事のためにバイトも出来ず、
日々学校と家を行きかえりするだけ。
友達とも遊べず、僕は充実しているとは言えなかった。
その分、佳奈子と遊ぶ時は思いっきり楽しんでやろうと思っていた。

ある日、佳奈子はまた妙な事を思いついた。
「ねぇ、しゃぼん玉作って遊ぼう?」
日曜日の午後、昼食の片づけを終えて、
窓際でまどろんでいる僕を見下ろしながら言った。
「また、突然な…」
「うーん、退屈だから」
たまにはこういう遊びも悪くないとは思う。
だけど佳奈子は、休日の家の中では服らしい服を着ていないから困る。
朝、気だるそうに丈の長い長袖シャツを着たっきり。
…僕は男として見られていないようだ。
そんな事を考えているうちに、佳奈子はしゃぼん玉のセットを取り出した。

午後の日差しに、しゃぼん玉が虹色に光る。
「学校はどう?」
「ちょっとキツイ」
「友達とは?」
「順調」
「女の子とは?」
「…無縁」
「あらあら」
白くて長い指、長い髪。
白い肢体、無邪気な笑顔。
なのに、佳奈子には一向に彼氏が出来ない。
あれだけ遊んでいれば、彼氏の一人や二人はいそうだが…佳奈子は、
「そーいうんじゃないよ、遊んでるだけ」としか言わない。
「…何?何かついてる?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「何よ、いまさら恥ずかしがることはないんじゃなーい?」
「だけど、僕は19、佳奈子は22…」
「じゃ、なんでこの前は一緒にお風呂に入ったのかなー?」
佳奈子が身を乗り出して、僕の顔を覗きこむ。
「そっ、それは、佳奈子が駄々をこねるから…」
「ふぅーん?」
嘲笑と、余裕と、優越と。
佳奈子は、そんな感じの笑みを浮かべる。
「…んな事ばっかり言ってたら、いつか襲うぞ?」
「やれるもんなら〜」
手をヒラヒラさせ、「できっこない」という感じの佳奈子。
くやしいが、僕にはそんな勇気は到底無い。

少しして、佳奈子は煙草に火をつけた。
つう、と煙を吸い込むと、そのまましゃぼん玉を作った。
玉の中には煙が充満していて、それが不思議な物体に見える。
「…ねぇ?」
佳奈子は、しゃぼん玉を見つめたまま話し掛けた。
「私のこと、気の強いガサツな女だと思ってるでしょ?」
時折見せていた、憂鬱な表情がそこにあった。
虚ろな目、静かな口調。
そのまま彼女は指を口に入れて指を濡らした。
そして、煙の入ったしゃぼん玉を受け止める。
「だけど…私だって、いつもそんなんじゃないから…」
佳奈子の左の人差し指が、しゃぼん玉に近づいてゆく。
そして、その爪がしゃぼん玉に触れた瞬間、玉は割れた。
中の煙が、部屋に散っていく。
佳奈子だって、まだまだ女の子。
佳奈子の心を包む殻は、とても柔らかくて、脆いのか。
「…だからさ、ここを出ていったり…しないで…ね?」
初めて言った、彼女の弱音。
僕は、その時の彼女の表情を、一生忘れることは出来ないだろう…