闇に呑まれた部屋。
街の明かりがかすかに部屋に入り込み、壁を照らす。
だが、その光をTVの深夜番組がかき消す。
ソファのとなりにある布団の塊の中で、子猫のように寝息を立てる彼女。
もうすぐ終わりかと思うと、自然と酒が入ってくる。
もう、彼女の我侭に絶えるのは、色々と限界が近い。
風が冷たい12月。
幸い、まだ雪は降っていないから歩きやすい。
「あ、これ、かっこいい!」
悠紀子が立ち止まったのは、ホンダの中古車ショップ。
「…あ?S2000か…俺達には縁の無い車だな…」
「なんで?」
「なんでって…あれは250万すんだぞ!?そんなもん買えるか」
「だって…勇輔はあたしの欲しい物買ってくれたじゃない…」
「…あれはな、悠紀子がワガママ言って聞かないから…」
「それに、佳代の彼氏はこれくらいカッコイイ車持ってるんだから!」
「悠紀子!!」
俺が一喝すると、悠紀子は目を丸くして硬直してしまった。
「…また、友達の彼氏は…か?聞き飽きたぞ…」
「でも!だって…負けたくないもん」
「じゃ何か?俺は悠紀子を飾るための金づるか?」
「そんなんじゃないよ!けど…」
「けど?」
「けど…負けたくないもん…」
「…そういう事は金持ちのボンボンに言うんだな」
それだけ吐き捨てて俺は踵を返し、道路に向かって手を上げた。
「…勇輔」
「もう付き合ってらんねぇ。…悠紀子の我侭に付き合うのもこれまでだ」
「ま、待って…」
パァン!
振り向きざまに放った俺の平手打ちが、悠紀子にマトモに当たった。
悠紀子はそのまま道路に座り込み、虚ろな目で俺を見る。
当然だ。こんな事をされたのも、男に嫌われたのもこれが初めてだろう。
それくらいの、箱入りで高飛車な女だったから。
俺はそんな悠紀子を尻目にタクシーに乗り込み、自宅へと向かった。
家には30分ほどで着いたが、さしてすることも無く、
近所のゲームセンターで夜まで時間を潰した。
「…くそっ!」
調子よく格闘ゲームをしていたが、乱入者に惨敗。
2回ほど再戦したが、あえなく撃沈した。
俺は店を出て煙草を買い、近くのコンビニへ夕食を買いに行った。
まずは雑誌を立ち読みし、菓子類を選んでからメインディッシュを。
最後に飲み物を買ってレジへ。
店を出て、何か出費が多いと疑問に思った。
買ったものを見ると、きっちり2人前ほど袋に入っていた。
確かに、数週間前に初めて、一度だけ悠紀子が来たが…
しかし今更返すわけにも行かず、結局そのまま帰路に付いた。
悠紀子を初めて叩いた場所とあまり変わらない国道沿い。
今日の事が、悠紀子の表情が脳裏に焼きついて離れない。
だけどもう終わったことだ。
これからは、お金を自分のために使える。
そう自分に言い聞かせながら、家路を急いだ…
アパートの6階。
エレベーターを降りて、通路を歩く。
左手に玄関が並び、右手は駐車場が見える。
北側を向いているので、今日は北風が玄関先に吹き荒れている。
俺の家は、通路の突き当りを右に曲がったところ。
そう、いわゆる角部屋というやつで、
家賃は高いが窓が2面取ってあるのが気に入ったのだ。
今日みたいな日は特に冷える…などと思って角を曲がると…
「…悠紀子?」
誰かがうずくまっている。
いや、人と認識するのにもかなり時間がかかった。
だけど…間違いない。
「悠紀子!」
まさか、とは思った。
あそこからは歩いて2時間は楽にかかるし、
俺の家には1度しか来たことが無い。
それに、この辺は似たようなアパートが多い。
無理矢理顔を上げて確認する…悠紀子だ。
涙で化粧がボロボロになっているけど、間違えようがない。
体は冷え切っていて、死んでいるのかと思った。
とにかく家の中に入れて、ソファに寝かせた。
カーテンを閉め切って暖房器具を全て付ける。
同時に湯を沸かし、暖房の足しにする。
それから悠紀子に布団をかけてやり、化粧を綺麗に拭いてやった。
「…勇…」
夕食を食べ終わってのんびりしていると、ようやく悠紀子が目を覚ました。
「やっと起きたか」
「ふぇ…勇輔…?」
悠紀子の、きょとんとした目を見るのは今日は2度目だ。
そして、みるみる内に涙が溢れてきた。
と、悠紀子は布団に顔を埋めてしまった。
「…まだそんな見栄張ってるのか?」
だけど、そんな悠紀子に怒りなんてものは微塵も無い。
俺は明かりを消して、悠紀子の背中に毛布ごと覆い被さった。
そしてそのまま自分の肩へと抱き寄せる。
「うぁ…あ…化粧…」
「落としたよ。飾ってない、素顔の悠紀子が好きなんだからな」
「…ぁぅ…」
「でもどうしたんだよ?あそこからすげぇ遠いんだぞ?」
「うん…頑張った…涙で前が見えなかったけど…
とりあえず、タクシーの方向に歩いて…ずっと…歩いて…」
「…そか…」
「…あんな事言ったけど…やっぱり捨てられたくないから…」
「大丈夫だよ。もう…ここにいるだろ?俺」
「うん…」
誰にも見せたくない。
街の明かりにもTVにも照らさせない。
部屋を照らすだけのTVにうつる人は、今は道化師でしかない。
別れを決心したこの場所から、再び「2人」が始まる。
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