陳列棚に並ぶ、直方体の群れ。
2時間前後という枠に収まった物語。
…などと感傷にふけっていると、
ボスッ。
「おわっ!?す、すいません」
座ってビデオを見ている人を蹴ってしまったようだ。
すぐさま謝る…が…
「……」
「……」
見下ろす自分と、見上げる女性…女生徒?
夜の11時過ぎに、眼鏡をかけたOL風の女性がセーラー服を着て、
真剣にホラー映画を選んでいる。
これは…
「…コスプレ?」
「…AVコーナーはあっち」
声からして、どうやら大人の女性らしい。
だがその女性は俺を一刀両断し、再びビデオを選び始めた。
…普段ならこのまま素通りするのだが…あまりに異様な出で立ちに、
俺はいつのまにか足を止めて質問をしていた。
「何故セーラー服を?」
「あーもう、ただの罰ゲームよ…」
何かひっかかる。
どこかで見たことあるのか?
でもこんな大人っぽい知り合いはいないぞ。
俺はぼやけた記憶をフルスピードで検索する…が、該当ナシ。
「あの…どこかでお会いしたことありませんでしたか?」
「…さ、さぁ?あたしは知らないわ」
…怪しい。
何故この質問でうろたえるのか…やはり、俺はこの人を知っているらしい。
だけど…誰?
「何故そこでうろたえるんですか?」
「あー、もうっ!」
女性は吹っ切れたように立ち上がった…が、
立ちくらみを起こしたらしく、派手に床に倒れた。
「わ、ちょっ…」
手を伸ばしたが一歩届かず…と、前髪の分け目が不自然にズレた。
俺の中で、一般常識を好奇心が凌駕してしまった…
痛がっている女性の髪を眼鏡を引っ張ると…予想通り、簡単に取れた。
「あ、ちょっ!」
声が変わった。
どうもさっきまでは声を作っていたらしい。
そして、現われたのは…
「…新谷?」
「…もう、バレちゃった…そうよ、私は新谷よ」
話の流れはこうだ。
高校時代の同級生数人が集まって、プチ同窓会を開いていた。
そこで、この新谷が罰ゲームとしてあの格好で、
俺たち地元の大学生が最も溜まっているビデオ屋で騙しきれるか、
というのを競いたかったらしい。
で、俺にバレて罰ゲーム失敗となったわけだ。
そして、俺は新谷と一緒に同窓会の会場へと向かった。
「…おかえ…あ、見つかったのか」
そこには4人の同級生が待っていた。
「よ」
「よぉ浅丘。新谷だってよくわかったな」
「なんとなく怪しいかな?と思ったから…」
「大体ムチャよ。声と髪を変えても、うちの制服着てるんだもん」
そうか、あの服はうちの高校のだったのか。
「さて、美佳ちゃん?」
新谷の後ろに覆い被さったのは、同じ同級生の河本。
新谷も河本も大柄な女子で、バレー部の名コンビだった。
「何事だ?」
「あぁ、これから罰ゲームを遂行できなかった罰ゲームをな」
「いーやー!それだけはぁー!」
河本に強引に引きずられていく新谷。
「あぁ〜〜〜………」
そのまま、部屋の外へと消えた。
「ドコ行ったんだ?」
「さぁ?風呂かトイレあたりじゃねぇか?おい、音楽」
「おう」
一人が立ち上がってコンポの電源を入れ、ポップスを流し始めた。
「コレには何の意味があるんだ?」
「一応、罰ゲームの罰ゲームをやってる時は何か流しておけ、と
河本に言われたもんでな…」
と、空になった酎ハイの缶が目に付いた。
「…まさか」
「ん。河本は3本呑んだ」
…今ごろ、食事中、か…
それから、男4人での雑談に花が咲いた。
皆、それなりに社会に慣れて、日々を楽しんでいるようだった。
「なんで俺を誘わなかったんだよ?」
「いや、なるべく暇そうな奴を選んだんだけど…
大学生は暇じゃなさそうだしと思って」
「社会人よりは遥かにヒマだぞ」
「それもそうだが…お、帰ってきた」
新谷を拉致して1時間…ようやく河本が帰ってきた。
「ぷふ〜、ただいま」
「ナニをしたんだナニを…」
「あら、聞きたいの?」
「…いや、いい。新谷は?」
「あー、当分起きないかもよ」
「……」
これ以上突っ込むのは止める事にした。
…高校時代の噂は本当だったのか…
全員が呑み潰れ、俺が帰ろうとした頃、ようやく新谷が帰ってきた。
「…大丈夫か?」
「全然…」
河本と正反対で、新谷は心底疲れてる様子だった。
「どうする?俺は帰るけど」
「…んじゃあ、一緒に帰る」
「…お〜〜…お疲れさ〜ん…」
布団の間からうめき声が聞こえてきた。
「ん、お疲れ。じゃな」
新谷と共に帰路についたが、新谷はまともに歩ける状態ではないらしく…
「おいおい、大丈夫かよ」
「ま、まぁ…河本が酔ってると知ってれば…」
「…知ったところでどうする?」
「…観念するしかないぃ…」
新谷のおぼつかない足取りに何度もヒヤヒヤしたが、
ついに石につまづいて、電柱にしがみついた。
「…もうダメだろ。背中乗るか?」
「うぇ!?で、でも、外だし…」
「いいって。誰もいないだろ」
時刻は夜中の2時半。
歩いているといえば、酔っ払って前後不覚になってるオヤジだけだろう。
「…じゃ、じゃあ」
俺は地面にしゃがみ、新谷をおぶった。
俺もそこそこ力はあるほうだが…予想以上に新谷が軽くて驚いた。
「うぉ…軽いな」
「当たり前よ…女の子なんてそんなもんよ」
「は〜ん…」
「…なんだ、付き合ったことないんだ」
す、鋭い…いや、誰にでも分かることなのか?
「…あぁ、ねぇよ」
「ふぅ〜ん、人の好意は散々無視したくせに」
「…お前、酔ってる?」
「酔ってる?そりゃ、河本に結構呑まされたけど…」
おそらく、しこたま呑まされているだろう…
結構な量の酒を、新谷と一緒に持ち出していたし。
「だけど、酔っ払って嘘言ってどうすんのよ」
「だけどよ…そんな素振り全く無かったじゃんか」
「…は?覚えてないの?」
「覚えてないのって…高校時代のことはほとんど頭に残ってるよ」
「覚えて無いじゃん」
これだから…酔っ払いの相手は疲れる…
「だから何をさ」
「もー…小学校2年!」
「…ンな事覚えてないって…いつの話だよ」
「あ〜あ、結婚まで誓ったのに、この男は」
何?結婚?
幼少期にそんな事を俺は言っていたのか…
「…そりゃ本当か?」
「だから、嘘言ってどうするのよ…
3年になるとクラス替えがあるっつうから、別れたくないって。
そしたら、泣いてるあたしに「結婚すればずっと一緒だよ」って」
「…ウソ」
「ホント」
「……」
「……」
長い、重い沈黙が流れる。
多分、新谷は全く気にしていない。
だけど俺は、とても気まずい。
こうなりゃ、開き直るしかない。
「…では、それなりにマトモだという新谷に問う。まだ「その気」は?」
「んー、難しいわね。…今は保留」
「なんだそりゃ」
「だって、まだ遊びたい年頃だもん」
「んな事言ってると、婚期逃すぞ」
「大丈夫よ。あんたがいるじゃん」
「…お、俺は…どっか行ってるかもしれないぞ」
「大丈夫、しゃがんでホラー映画探してたら、また蹴ってくれるもん」
「なんだよそれ。ちゃんと喋れよ」
「いいのー。どーせあたしからは逃げられないわよ」
「なんで?」
「だって、あん時の約束、果たしてもらわなきゃいけないもん」
「…そか」
自分でも、びっくりした。
なんで、こんなにあっさりと納得してしまったんだろう。
「…どうしたの?突然」
「いや、なんか…逃げられそうも無いなって」
「そうねー、小学校の時はそれこそベッタリだったもん」
「3年以降も?」
「ううん、クラスが離れたから、それっきり会ってない気がする」
「なるほど…そのときにもう、新谷から逃げられないということが
俺にインプットされたのか」
「あ、それひどいなぁ」
「事実、だろ?」
「…まぁね」
今日はこれでお別れ。
2人はまた、別々の日々を歩む。
だけど、また何かのきっかけで2人が出会うかもしれない。
そういう衝動にかられ、毎日のようにビデオショップに足を運ぶのだった。
ビデオではなく、新谷の影を追って…
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