のどあめ

「不覚だ…」
時は夏真っ盛り、夏休みだというのに、
俺はベッドで寝ている。
周囲にはティッシュが散乱し、体にはじっとり汗をかいている。
俗に言う、夏風邪というやつで。

「来たぞー」
「あ…?」
誰もいない、誰も来ないはずのこの部屋に、
何故来客が来るのか。
しかも…よりにもよって、片思いの相手ですか。
「あ"にしに来たんだよ…うつされたいのか?」
「あんたがそんな状態だって聞いたから、見舞いに来たんじゃんか」
「あぁ…そうか…って、何処で聞いたんだ?」
「ん?雄介が今日の講義前にベラベラ喋ってたよ」
アンチクショウめ…まぁ…今日は感謝しないといけないかな。

突然の来客…美紀のおかげで、多少は楽になった気がする。
頭を冷やすタオルを用意してくれたり、
粉末レトルト物だがスープを作ってくれたり。
「ねぇ、親はどうしたの?」
「今日は二人とも遅いってさ。息子がこんな状態だってのに…」
「ま、風邪くらいで死にやしないからいいんじゃない?」
「ひでぇ…」
「あははっ、まぁ冗談…何か欲しいものある?」
うーん…欲しいものねぇ…
「…お…」
「ん?」
「っっ!!何でもない!」
あっぶねぇー…「お前」って言いかけた…
ダメだな…熱で頭がどうにかしてるらしい…
「? どしたの?」
「いや…喉が痛いから…そういうのが欲しいな」
「うーん…蜂蜜レモン?のどあめ?」
「いや、のどあめはイカン。俺はハッカやミントがダメなんだ」
「えー…我侭だなぁ…」
美紀は既に自分のバッグに手を突っ込んでいた。
どうやら持っていたらしい…
「んじゃー…まぁ、これにしとこうかな?」
「これって何だ?」
「んー…まぁ、目をつむってなさい」
「はぁ?」
「いいからいいから」
といって、美紀の手が俺の目にかぶせられた。

「…あ、これでいっか」
「…何が?」
「んーっと…あった」
ガサガサと、固いビニールが擦れる音がする。
「うーん…うん、これならいっか」
「だから何がだ…」
「ちょっと、黙ってないとしずらいでしょ?」
「…おい、何を…」
フッと、何かが顔に近づく感じがした。
美紀の指越しに入ってくる光の量が減っていく。
そして…生暖かい空気が近づき…唇に何かが触れた。
「ん"っ!?」
と、何か固いものが俺の口に入れられた。
イチゴ味で、相当な甘さがある。
これは…飴玉か。
一緒に入ってきた美紀の舌も、ほんのり甘い…
…って、おい!

手が避けられ、俺はすぐに目を開いたが…眩しくて、視界が白に染まった。
目が慣れてくると、美紀は布団の横でうつむいたままだった。
「…黙ってるなんて…お前らしくないぞ…」
沈黙に耐えられない。
いつもの調子で喋ってくれないと、こっちまで調子が狂ってしまう。
「い…いや…その…教えられた通りにしてみたんだけどね…
 その…いざやってみると、恥ずかしいなって…」
つまり、誰かが吹き込んだわけか…
「…ちなみに、吹き込んだのは誰?」
「…雄介だけど…こうしたら喜ぶぞって…」
諸悪の根源はやはり奴か…
「ロクな事吹き込まないな…」
「え…あの…嫌だった…よね。勝手な事して…ごめん!」
バッと美紀が立ち上がった。
俺はこの時、どういう気持ちだったんだろう。
気が付くと、布団から身を乗り出し、美紀の腕を掴んでいた。
「ひゃっ!?」
そのまま腕を引っ張って、美紀はベッドに尻餅をついた。
バランスを崩した美紀を、間髪いれず抱き寄せる。

いつの間にか、美紀が腕の中で泣いていた。
やらかした後で、俺との関係が壊れるのが怖かったらしい。
そんなこと、杞憂だというのに。
密着していてどんどん汗をかくが、そんな事は全く気にならない。
むしろ、このままずっと、この時間が続けばいいとさえ思った…

翌日、二人で仲良く風邪をこじらせ、夏休み中の講義を半分以上休んだのでした。