菜の花

春先。
風はまだ冷たい。
「…こうして並んで歩くのも最後かもね」
このテストが終われば、あとは卒業するだけ。
この学校での生活に別れを告げなければならない。
「…そうだな…」
彼女とも、この春でお別れだ。
二人は皮肉にも、分野も場所も正反対の高校へ通うことになっている。
「…寒いね」
この道を通るのもあと僅かの間だけ。
もうすぐ二人は、別々の道を歩まなければならない。
「…もう3月なのにな」
今という時間は、かけがえのないほど貴重な時間であるはずだ。
なのに、その貴重な時間をどうすればいいのかも分からない。
「…あ、でも」
彼女が駆け出す。
その先には、黄色い菜の花が咲いていた。
「…もう咲いてるのか」
追いつくと、彼女は花を摘み、何かを作っていた。
それをしばらく見守っていると…出来たようだ。
「ほら、菜の花の指輪」
それは、鮮やかな黄色と緑の指輪。
片方を俺の、もう片方を自分の指にはめる。
「…器用なんだな」
この腕なら、花冠も作れただろう。
だが、彼女は最小限の花だけで作りたかったらしい。
「これで…おそろいだね?」
白く、細長い指に黄色が映える。
そして何よりも、少し恥ずかしがりながら笑みを浮かべる彼女。
「こりゃあ、大切にしないとな」

けれど、この花が枯れる頃には、お互いを忘れてしまっているかもしれない。
時の流れは、何もかも過去のものにしてしまうから。
「…ねぇ…」
摘まれた花は、長くもたない。
ちょうど、二人で過ごした中学時代の思い出のように…
「…私の事、忘れないでなんて言わない。だから…」
彼女の顔にはっきりと表れる、笑みの向こうの悲しみ。
それを見てるだけで、こっちもつらい気持ちになる。
「…今より幸せになってね。私と過ごした時間よりも。そして…」
なんて脆い。なんて危うい。
春の日差しにさえ、彼女は消えてしまいそうだ。
「…時々、思い出して。私みたいな人もいたって…」
彼女が崩れてしまう前に、彼女をきつく抱きしめた。
或いは、抱き寄せたのは本能だったのかもしれない。
「…もし、高校で今より幸せになれなかったら…その時は…」
言葉が詰まる。
口約束なんて、簡単に過去に消え去ってしまうのに。…それでも。
「…会いに行くよ。幸せを取り戻しに」
彼女の体が震えている。
ずっと、負の感情を閉じ込めていたのだろうか…
「だから…もし、香奈が幸せを見つけられていなかったら…」
儚い約束。
若さ故のと言われてもいい。
「…俺を…再び受け入れてくれないか?」
同じ学校にいないと、二人の関係はとても脆くなる。
別れるなら喧嘩別れよりも、納得の上で別れようと決めたあの日。
「うん…!」

指輪の菜の花が散る頃、二人は全く違う環境に移り、
白紙に戻った人間関係を、思い出を追いやるように書き換えていく…