デルタ

「なーなー、那柚子」
「その呼び方は止めてよね…何よ?」
多分、今の私は目いっぱい怪訝そうな顔をしているだろう。
「合成関数の微分の公式でdがたくさんあるけど、あのdって何だっけ?」
「…はぁ?」
大げさでも何でもない。素で裏返った声を出してしまった。
「教科書の最初の方を見る!凾の略で、増分って意味よ」
「…ゾウブン??」
「読んで字の如し。増えた量よ。
 xの値が凾増えた時に、yが凾剔揩ヲる」
「ほぉー…」
「…あんた…それでも高専生?」

と、丁度教室に風が吹き込み、カーテンが舞う。
そのカーテン越しに見える牧村の口から、唐突な一言が出た。
「那柚子…髪、綺麗なんだな…」
思わず、うっと声が出そうになった。
何を突然こいつは…
「な…何よ、いきなり」
「いや…今の一言で、那柚子の俺への愛情凾奄ヘどれだけ増えたのかと」
「…はっ、その頃の公式では凾→0で計算してるでしょ?それと同程度よ」
「うわっ、限りなく0近似かよ」
無邪気な笑顔。
夏の日差しが、彼に降り注ぐ。
「…でも、0じゃあないんだろ?」
今度は、全てを見透かすような真っ直ぐな視線。
金縛りにあったように、目線が逸らせない…
「…そうね。私の説明を一発で理解してくれた分マシよね。アンタの場合」
「へー、じゃあどれくらい増えたの?」
「…電子の質量とどっちが大きいかなぁ」
「…無いに等しいワケですか」
そりゃーそうよ。
貴方への愛なんて、とっくにムゲンダイですもの。


説明コーナー(ぉ
意味ワカラン単語が頻出してますので、その説明

凾→0 … xの増分を限りなく0へ近づけて解を求める、の意
電子の質量 … 9.1095×10-31 kg
数値にすると、0.00000000000000000000000000091095g(グラムに換算してもコレ)
高度な物理計算にならない限り、電子の質量は無視されるわけです、ハイ。