地上の喧騒を離れ、地下の繁華街へ。
それでも、地下街には地下街なりの喧騒がある。
それらの間をすりぬけ、さらに地下へ、地下へ。
そこにあるのは、街を結ぶ地下鉄だ。
駅を離れれば、窓から見えるのは闇だけ。
その中に、等間隔に配置されている照明。
まるで、別の街へワープしているかのよう。
駅に着けば、光と、人と、施設。
それぞれの駅と、知らない街並みがリンクしている。
街の中を回っているだけだが、他の駅に降りた事が無い私にとっては、
異世界をつなぐワープトンネルのよう。
どこまでも地下。
どこまでも真っ暗。
どこに向かっているのか、自分がどこにいるかすら曖昧。
トンネルの中で、別の星の街へ
ワープしていると言われても私は信じるだろう。
渋滞も人の波も無い。
電車に揺られているだけで、どこへでも行ける。
気まぐれで駅から地上に出たならば、
そこは見た事もない街並みなのだろう。
どの駅で降りても、知らない街。
いつも乗り降りしている2駅以外は、私には未知の領域。
そこには、どんな街があるのか…
だけど、降りる事は出来ない。
地下鉄に乗るのは、行かなければならない行き先があるから。
だけど、いつかは、
未知の街を探検したい…
「…何してんだ、柊?トンネル見て面白いか?」
「―――――!!!! たっ、タツ…じゃなくて、葛名君?」
柊の表情が、明らかに焦っていた。
あくまで無表情だったスケートの時に比べると、雲泥の差がある。
とりあえず「いいもん見た!」と
心の中でガッツポーズをしてから質問に移る事にした。
「しかし、外で柊と会うとは思わなかったな…どこへ行く途中?」
「ん…あと6駅先まで」
「ふーむ…あそこか。なんでまた?」
「あぁ…習い事。一応、ピアノをな」
柊がピアノ…柊がピアノ…う、いかん。すごく見てみたい。
…もとい、聞いてみたい。
「ほぉー…書道とか茶道とかはしていないのか?」
「ああいう堅苦しいのは嫌いでな。
ピアノは弾いていて楽しいからいいんだが」
「なるほどね…聞いてみたいもんだなぁ…」
返事をする代わりに俯く柊。
こういう所は可愛げがあるんだけど…学校だと何で無表情なのかな…
「そういう葛名君は?」
「俺?俺はちょっとした買い物。残念ながら4駅先で降りるよ」
「4駅か…大差は無いじゃないか」
「まぁ、ごもっとも」
…沈黙が流れる。
他愛の無い会話すらできないほど、柊との共通の話題が見つからない。
柊は俯いたまま、俺はその柊を見下ろしたまま。
レールを踏む音だけが、うるさいほど響く。
俺の目的地も、もうすぐか…
…と思っていると。
「…なぁ…葛名君」
「…ぁ、ん?何?」
「あ…あの…ピアノ…うちに来て聞いてもいいよ…」
ガシャン。
誰かが、列車をつなぐドアを豪快に開閉した。
「…ごめん…聞こえなかった…もっかい言って?」
「―――!!い、いい!ほら、ここで降りるんじゃないのか!?」
外を見てみると…見まごう事なく、俺の目的地だった。
「うぉ!わ、柊、押すなって…」
結局、半ば投げられるように電車から追い出された俺。
電車の方を振り返ると、既に柊の姿は無かった。
「…何だったんだ…?」
言及しようにもどうしようもないので、
消化不良ではあるが、自分の目的をこなす事にした…
葛名君は、私の知らない街へと繰り出してしまった。
そこには、万人に共通の景観と
彼なりの見地で彩られた世界があるのだろう。
私が向かう街も、共通の景観と
私なりの見地で彩られた世界がある。
地下鉄という無機質な、かつ限られた世界でも、
私の見地と彼の見地が違えば、全く別の世界に見えるのだろう。
それは、知らない街へと運んでくれる魔法の乗り物か、
ただ、自分の肉体を遠隔地へ高速移動させるための乗り物か。
彼の目には、今、何が映っているのだろう?
彼には平凡な街でも、私にとっては刺激的であるはず…
…………
(待て!あんな事口走ったらまずいだろう!)
(何を言ってるんだ私は!だけど、聞かれなかったからいいのか…?)
(でも、それはそれで何故か腹立たしいし…うーー!!あーー!!)
(…いかんいかん、乗り過ごす所だった。…また後日考えよう…)
「……?」
背後に、何故か柊の視線を感じた。
だけど、こんな場所にいるはずが無い。
彼女は俺よりも2駅先でピアノの稽古をしているはずだ。
「…こんな所にいても、それはそれで怖いけどな…」
俺の目の前には、R18とかどうのという文字が乱舞している。
女人禁制の空間…とはいえ、女性も結構いるんだが。
まぁ、柊を連れて来ようものなら、卒倒するだろうな…
「…あ、柊だ」
「―――!!?? あ…また会った、な」
帰りの電車の中、乗り込んだ正面に、
昼過ぎに見たと思わしき人が見えたので話し掛けて見た。
「何だ、こんな時間まで稽古してんのか?」
「あぁ…まぁな…そういう葛名君こそ、こんな時間まで?」
「んー、まぁ、買い物とか色々してるとあっという間だ」
「ふぅん…」
再び沈黙。
今度は隣同士で座っているだけに、余計に気まずい。
柊の目が、行きの時よりも明らかに眠そうになっている。
夜遅くまでやってれば、そりゃ疲れるだろう…
「…あ、今度はどこで降りるんだ?」
「ん?あぁ…あと3駅だが?」
「! なんだ、俺と一緒じゃないか。家は駅から近いのか?」
「うーん…歩いて25分くらいかな?」
「遠いな…バスは?」
「バス使うくらいなら歩くさ」
「そうか…じゃあ、俺が家まで付き添おう。もう遅い時間だし」
…柊の顔が固まった。
俺自身、こういうことがホイホイ出てきた自分の口に驚いたが…
「…なんか、マズい?」
「え?あ、いや!そうじゃなくて…何ていうか…毎週通ってるし…」
「それでも、今日になって暴漢に襲われるかも知れないぜ?
どうせ俺は自転車だから、25分歩いたところでそう変わらないさ」
…再び、俺の口を疑いたくなる。
まぁ、この勢いで押し切れればラッキーなんだけど…ムリだな。
「…じ…じゃあ…今日はお願い…するか…な。うん」
・・・・・・おや?
OK出てしまったな…うぁ、今になって恥ずかしくなってきた…
「あっ…じ、じゃあ…まぁ、そういうことで。まだ駅は先だし」
「う…うむ…」
微妙なこの2人の距離。
縮まるのか?離れるのか?そもそも次元が違うのか?
ともあれ、何か面白くなってきた予感はしたのだった。
「…そういや、何を買ったんだ?ソレ」
「―――!! いや…これだけは見せられん!」
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