「ああ…変な夢見たなぁ…」
俺はカズヤ。
現在、高校3年生。
いつものように登校してるわけだけど、今日は妙な夢のおかげですごく憂鬱だ。
その夢ってのが、毎晩毎晩同じヤツが夢に現れて、「世界を救え」とか言うんだよね。
さっぱり意味がわからない。
…なんて言ってるうちに学校に着き、今日も一日が始まるわけで。
「何そんなブルーになってんだ?」
朝礼の前、必ず俺に話し掛けてくる奴がいる。
…隣の席のヒロヤだ。
「あ?あぁ…変な夢のせいで眠れねーんだ…寝た気がしない…」
「ふーん、バカまっしぐらなお前でもそういうトコあるんだ」
「んだと!?」
そして日課のケンカが始まる。
毎日のことだし、ヒロヤはヒロヤで楽しんでるから別にいーんだが…
で、最後に…
「騒ぐなーっ!」
スパーン!
快音とともに、クラス委員のノートが舞うわけだ。
「はぁ…懲りないわね…毎日毎日…」
「ま、いつものことだしな」
「そーそー、マチちゃん気にしたらダメだって」
「チャン付けで呼ぶなーっ!」
最後の日課、マチとヒロヤの追いかけっこが始まる。
「追いかけっこはいいから授業始めるぞ!」
おっと、この担任の怒鳴り声も日課だったっけ。
ところがある日の午後、思いもよらない展開になった。
それは昼休みのこと。
「…なー、カズ」
「んー?」
「お前、その夢いつから見るんだ?」
「は?夢?んー…先週から…かな」
「それ、先週の水曜からだろ?」
何?なんでヒロヤはそのこと知ってるんだ?
「…なんで分かるんだ?」
「だってよ…俺も同じ夢見るんだよ。真っ白な場所で、黒いコートの男に…」
「そう!それ!」
思わず大声を上げてしまった。
屋上だから誰も聞いてないだろうけどね。
「お前もか…やっぱ「世界を救え」って?」
「おう。「お前の世界は危機に瀕している」だってさ。どこが危機なんだか」
ヒロヤの言う通り、俺たちの周りに危機なんてものはかけらも無い。
あるとすれば、進級の話くらいなもんだ。
「…お前達の成績は十分危機なんだがな…」
「そーそー…って?」
どっかで聞いた声だ…まさか…
「まぁ、ここが進入禁止だって事はもう言っても無駄なのは分かってるがな…」
げっ…やっぱり…生徒指導の片山だ。
ちなみに、俺たちがいつも昼飯を食ってる屋上は立ち入り禁止なのだ。
「もういいから、後輩に悪影響だけは与えるなよ」
「あら、それでいーんすか?」
ヒロヤめ…余計なことを…
いつも一言多いんだよな…
「もういい…もういいから適当な成績でさっさと卒業してくれ…」
「あれ?」
意外な返答だったが、そう言いたくなるのも分からなくも無い。
入学当初から超問題児だった俺たちだ。
「ほんじゃカズ、午後の授業に出るべ」
「待てよ…俺まだ飯食ってないって…」
「ん?どこに飯があるんだ?」
「は?」
ヒロヤが俺の弁当を指差すから、そこを見てみると…ものの見事にカラだった。
「…食ったなー!」
神速で弁当をつつみ、それを片手に猛ダッシュでヒロヤを追いかける。
「お前がボーっとしてるからだぞぉー…」
「…………」
「…はぁ…」
取り残された片山の深〜いため息は、誰にも聞かれること無く空気へと消えた。
その日の夜もいつものように眠り、いつもの夢を見る…はずだった。
今日の夢は、いつもとは大きく異なっていたのだ。
いつもの白い空間。
そしていつもの黒い男。
しかしはっきりと違うこと。
…自我がある。
「…どうだね…夢の中で考えることが出来る感想は」
「何…?」
さすがに俺の意識は完全ではなかった。
頭の中の所々がぼやけているのだ。
「君に大事な話があって、こうして夢の中にいるのだ」
「なんで…俺の夢の中にあんたがいるんだ?」
「…話は難しいが…私には"次元を超越"する力がある…そう言っておこう」
「"次元の超越"…」
さっぱり意味がわからない。
瞬間移動か何かのたぐいか…?
しかしそれにしても、俺の夢の中になんて…
「意味もわからなくて当然だ…君は、自分は何次元で生きていると思う?」
「何次元って…3?」
次元の話くらいは、いくら俺でも知ってる。
縦・横・高さがあって3次元だ。
「まぁ…それが普通だ」
「違ってるのかよ…じゃあなんなんだ?」
「…5次元だ」
「…はぁ?5?」
5次元!?
3次元以上に何があるんだよ?
ドンドン話がわからなくなってくるぞ…
「説明しよう…1次元とは、前後のみだ」
「うん。直線だよな」
「そうだ。それに横が加われば2次元だ」
「そんくらいは学校でやったぜ。3次元目は高さだ」
「そう。だがその先が分からないだろう」
「ああ…"時間"とか言ってたような…」
「そうだ。4次元とは、時間の概念が加わった世界だ」
言われてみれば納得だ。
時間は常に流れてるもんな。
「んじゃあ…5次元って?」
「そこだ…例えば、3次元を表現するには原点がいる」
「うん。(0,0,0)ってのだろ?」
「そうだ。しかし、その原点は、全ての物質に存在する」
「…わかんねぇ」
原点がたくさんあるってことかよ?
ぜんっぜん分からねえぞ!
「例えばだ。3次元に時間が加わった4次元を、お前はお前を中心に見ている」
「ああ。そりゃな」
「そして、私の視点から見た4次元がある」
「…まぁ」
そこまで話したところで、男が手を目の前に出した。
その指先は、俺の目の前まで来ている。
「この指先は、私から見れば1m弱ある。しかしお前から見れば2cmというところだ」
「…そういう事か」
やっと分かったぜ。
誰の視点かで全部違うんだ。
それが5次元か。
「分かったようだな…だが、4次元以上になると、漠然としかつかめないんだ」
「それでも、なんとなくわかったぜ」
「よかった…一晩で理解してもらえて嬉しいよ」
…ってことは…あいつは俺の夢で見る4次元に来たのか?
「…わかった。あんたは、"自分"という5次元軸上から、"俺の夢"という5次元軸上に来たんだな」
「…」
ここで、突然男が無口になった。
なんなんだ?
「…どうした?」
「いや…恐れ入った。そこまで分かるとはな…」
「そうか?」
「お前の言う通りだ。"私"という軸から、"お前の夢"へとうつった。通常の人間には絶対不可能だ」
「それは、俺はあんたには永遠になれないからだろ?」
「そうだ。だが俺は相手の空間へ入れる。それは、夢が特殊だからだ」
「特殊?」
「夢の中はその人そのものだ。夢の中へ入れば、その人そのものとなる」
「ほう…」
「現実世界でおまえ自身となるには、お前の自我を私の自我と入れ替えなければならない」
「…その辺は難しいが、なんとなくわかった」
いわれてみれば、俺は3次元には暮らしてないんだ…
でも5次元ってのはいまいちピンと来ないな…
「つまりだ…そこらへんの石ころも、ペンも、学校も、全てが自分の4次元をもつ。それらの集合が5次元であり、この宇宙だ」
「…ってことは、ここ以外の宇宙がもしあれば…」
「そうだ。6次元となる」
「はぁー、スケールでかいなぁ…」
…なんか忘れてる気がする…
すんごく重要だったような気がするんだが…
でもだんだん意識が薄れていく…
「…そろそろ夜明けだな。私はこの辺で消えるとしよう」
「そうか…でも、どうやって夢から抜けるんだ?」
「それはだな…強く目をこすってみろ。次に目を開けるときは現実世界だ」
「ああ…そうか…じゃあ…」
意識が薄れてゆく。
そんな中で、なんとか目をこすってみると、急速に意識が遠のいていく…
まるで…混沌に飲み込まれてゆくような…
…こうして俺は夢から覚め、起床した。
「……」
朝日がまぶしい。
今日も1日が始まるのか…
…あ
「…なんであいつが夢に来たのか聞き忘れた…」
夢の中で自我が存在するということは、ひどく疲れるのだろうか。
まるで徹夜明けのように体が重い。
瞼も猛烈に重い。
そんなグロッキーな状況だというのに、あいつはかならず話し掛けてくるのだ。
…ヒロヤ…
「よぉー、なんか昨日より数倍やつれてないか?」
「あぁ…ぁ…」
もう頭を上げる気力も無い。
鈍い音とともに頭が机にぶつかったようだが、痛みなど無い。
ほんの少し眠りから遠ざかっただけだ。
「…おいおい?大丈夫か」
「…全然だ…」
気合で喉から搾り出した声。
聞こえたかどうかは分からない。
「…マーチちゃーん、こいつヤバいよ〜?」
「だからそれやめろってー!…って、マズくない?」
「うん。すんげえやつれてるんだ、こいつ」
「しょーがないなぁ…はぁ…ヒロ、持って行きなさい」
「ええー?俺?」
「…あの…」
ヒロヤとマチが言い合ってるところに、第3者が割り込んだようだ。
しかし、残念ながら俺はそこで力尽きた。
「ん…?」
目がさめた所は、保健室だった。
予想はついたが…夢もみず、泥のように眠りこけていたらしい…
体中がとても気だるい。
「あ…やっと起きたんだ」
…どっかで聞いた声だな…
瞼を開けてみる…
「なかなか起きなかったね…ちょっと心配したよ?」
「…ユキ?」
目の前にある顔。
クラスメートのユキだ。
友達は多いがバカ騒ぎするタイプではない。
かわいいというよりキレイっていうタイプだから、ファンがものすごく多い。
「今…何時?」
「もう夕方だよ…」
「え!?」
びっくりして飛び起きた。
ほとんど半日寝てたって事か?
外を見ると、夕日がものすごくまぶしい。
夏の夕日はすさまじくまぶしいのだ。
そして反対側を振り向く。
そこには、夕日に照らされたユキがいる。
肌も髪もオレンジに染まったユキは、いつものユキと全然違った。
「…私がどうかした?」
そういわれた瞬間、顔がものすごく熱くなるのがわかった。
やばい…すっごく綺麗だ…
慌ててうつむく。
「いや…なんでもない…帰ろう」
保険医の先生はとっくに帰ってしまったので、鍵だけちゃんとかけろとのこと。
とりあえず言われたとおりに鍵を閉めたが…普通、思春期の男女を二人っきりにさせるか?
まぁ…ユキとなら問題ないんだが。
「私は、カズヤ君が起きるまで一緒のほうがいいと思ったんだけど…先生が「私がいないほうがいいのよ」って…なんでだろ?」
…超天然なんだな…この娘。
そして先生は超おせっかいときた。
また顔が熱くなってくる。
「…どうしたの?熱でもある?顔赤いよ?」
…どこまでも天然だ。
「なんでもない…夕日のせいだろ?早く帰らないと親が心配するぞ?」
「あ、うん。行こっか…」
「?」
「あのさ…なんでもない」
結局、ユキを家まで送ってから帰宅した。
当然、授業は全部欠席。
高校3年生がこんなことでいいのか…?
ユキはユキで、人通りの多い場所ばかり通って帰るし…
明日俺は何を言われるか分からんぞ…
…とりあえずそういう頭イタイ事は置いといて、さらに問題が出てきた。
…眠れない。
昼間あれだけ寝れば当然だけど…
昼飯も食わなかったから、弁当は適当にごまかした。
でも体のほうは不満だらけのようで、いつにもなく夕食を大量に食べた。
食ったら眠くなるだろうなんて安易に考えてたが、体は眠りを全く要求してこない。
そして、眠り→今日のこと→保健室→ユキと連想が続く…
「ユキ…綺麗だったな…」
さっきからこれしか言っていない気がする。
…だって、本当にすごく綺麗だったんだし…
いくら中学校から一緒だったとはいえ、あんなユキははじめて見た…
…ん?なんでユキはあそこにいたんだ?
「…ズ…」
何でだ!?まさか俺の追…
「カズ!」
「うわっ!」
耳元で怒鳴られて、びっくりして飛び起きた。
なんか飛び起きるのが多いな…今日は。
顔を上げて見ると…兄のユウイチだ。
「なんだよ…ユウ兄ぃ、何の用だ?」
「いや、お前に御教授願いたい」
こういう言い回しをするのは、車の話と決まっている。
「俺よ、車買うことにしたんだ」
「…はぁ?この前FC買ったばっかじゃん。」
FCとはRX−7という車の型の事で、今はFDである。
FCは結構古い車だ。形もカクカクしてるし。
MAZDAのスポーツカーだ。
先日、中古屋で買ってきたばかりだったが…
「そうそう、アレ売ったんだよ。200万で」
ブッ!
思わず吹き出した。
「あんなボロがか!?」
そう、かなり汚かったのだ。
兄貴がまじめに洗車してたのは、そのせいか…
「ボロって言うなよ…Initial Dでは有名だぜ?」
Initial Dというのは車のマンガだ。
結構有名なんだな。
「そりゃそうだけど…200万って詐欺だろ?」
「ふっふっふ、それを友人に売りつけたんだ」
「…悪魔め」
ひどい兄だ。
買ったときは60万だったのに。
…もしかして車買うときにFCに執着してたのって、このためか?
「まあそういうな弟よ。でだ…200万で何買おう?」
「それって頭金?」
「ああ。これでも社会人だ。300万でも400万でも買ってやろうという勢いだ」
「…んじゃNSXでも買ってろ」
NSXってのはHONDAのスポーツカー…ピュアレーシングと言ってもいい。
新車で1000万円するシロモノだ。
普通に買うのはほぼ無理。
「あ〜あ…真面目に相談受けてくれれば、車運転させてやるのに…」
「ぜひ相談してください」
その一言には弱い…知識はあるけど経験が無いもんな…免許もないし。
兄貴に密かに乗らせてもらったことは何回かあって、病み付きになってるところだ。
「で、だ…俺が求めているのは、速い車だ」
「んじゃGT−R?」
これはNISSANのスポーツカー。
SKYLINE GT-Rという車種だ。
「あれはダメだ。高いし、乗れない。乗せられてる」
「一理あるね」
600万もするからなぁ…
それに、電子装備満載で、自分で走ってる気になれないのだ。
「じゃあ…FD」
説明は要らないだろう。
現行のRX−7だ。
「ダメ。ロータリーエンジンは燃費が悪い」
…これの説明は割愛。
長すぎる。
「なんだよ…じゃGTO」
これはMITSUBISHIのスポーツカー。
「それ、もう売って無いじゃん」
惜しくも、2000年8月に生産中止となっている。
「中古でもいいじゃんかー」
「ダメだ。新車じゃないと」
「なんだよ…じゃSupra」
「…何それ」
ここは説明させていただく…TOYOTAのスポーツカーだ。
猛烈なパワーと安定性が自慢だ。
兄にも同じ説明をする。
「ふーん…じゃそれにしよ」
「あ、でも…税金入れたら600万行くよ」
「…マヂ?」
「マヂ」
苦悩する兄。
そして結論…
「TOYOTA行って考える」
妥当だ…
それにしても、眠くない夜だ…
昼間アレだけ寝れば当然なんだけど…
夕方あんなことまであっちゃあな…
眠れないわ…
…などと思いにふけっていると、携帯電話が鳴り出した。
退屈だからいいんだけど…まわりはやたら入れが必要らしい。
「もしもし?」
「おう、俺だ」
「…なんだ、ヒロか」
「なんだかよ…ひどい言い草だな…」
「んで…用事はなんだ?」
「それがだが…お前昨日も変な夢見たろ?」
…て事は、ヒロヤも見たのか…
「おう、見たぜ…お前もか?」
「そうなんだ…しかもいつもと違うときた」
「いつもと違ったのは俺も同じだ…」
「んでよ…お前と協力して世界を救えだのなんだの言ってくるんだよ…」
「俺!?」
俺とヒロヤで世界を救え!?
どうするんだよ!?
俺と内容違うじゃねーか…
「んでよ…お前は俺と同じ夢を見たのか?」
「いや…俺はそんな話じゃなかった…"次元"がどうとか…」
「次元?」
「まぁ…長いから今はやめてくれ」
「分かった…でだ、この夢のことをお前はどう思う?」
どう思うって言われてもなぁ…
助けるってどうやってだ?
世界を助けるってどういうことだ?
昨日の"次元"の話とどういうつながりがあるんだ?
「…カズ?」
「…あぁ…悪い…いや、どうしたものかと…」
「だよな…どうすりゃいいんだ?」
「…お前、夢の中で自我はあったか?」
「ああ…一応な。お前もだろ?」
「おう。でだ、一つ夢で聞いてみりゃいいんだよ」
「あ、なるほどね。確かにそいつは納得だ」
それしか手が無いもんな…
「とりあえず…俺から質問いいか?」
「ん?いいぜ」
聞きたいことは二つ…
眠くないのか?
それと、なぜユキが?
「お前は眠くないのか?俺はまったく寝た気がしなかったが…」
「ああ、俺の夢は短かったからな…すぐに普通の夢になったぜ」
「そうか…」
俺は長い間自我を持っていたから、寝ていなかったのか…
「俺は目がさめるまでずっと自我があったからな…」
「それでか…今朝すぐに寝ちまったのは」
さて…一番気になる質問だ…
「あとさ…なんで保健室に今村がいたんだ?」
今村友紀…保健室にいたクラスメートの本名だ。
ユキなんて言ってるのは、俺の心の中でだけ。
…そういえば、本人に「ユキ」って言っちまったな…気にしてなかったみたいだけど…
「あぁ…マチがお前を連れて行くはずだったんだけどな…今村が「気分が悪いから一緒に連れて行く」ってさ…」
「ふ〜ん…」
ちょっとガッカリ…かな。
…って何考えてるんだ、俺は…
「まぁ、そういうわけだ。俺らみたいに公然とできないみたいだな〜」
「な、何言ってんだよ!」
…ったく…
俺のまわりってこんなのばっかりだな…
…ん?
「お前…俺らっつったな?どういう事だ?」
「…あ、いっけね…」
なんだこの反応は…
まさか付き合ってるとでもいうのか?
「お前とマチって…付き合ってるとか?」
「そうさ〜…っつっても最近の話だけどな」
マジかよ…知らなかった…
誰かと付き合ってるとか、そういう奴って一人も俺の周りにいなかったもんな…
ちょっとビックリだ…
「…おい、全部声に出てるぞ?」
「え…そう?」
「まぁ…お前の周りの奴ってみんなバカやってたもんなぁ…俺もだけど」
全くだ。
みんな「女なんていらねぇよ」っていうノリだったもんな…
俺だけ取り残された気分だ…
「…まー、その様子じゃ何もなかったな」
「なんだよ、その言い草はよー」
「まーまー」
「…とにかく、夢で聞くしかないな…俺は寝れなさそうだけど」
「そうみたいだな…まぁ、聞いといてやるよ」
「ああ…じゃあな」
結局夜明け前に寝て、早朝に叩き起こされた。
昨日よりはマシだけど…
学校へ行くと、ヒロヤが説明してくれた。
とはいえ、一言だけだったけど…
「旅行で全てが分かる」そうだ。
担任も修学旅行について話してくれた。
「さて…学校から色々と反発の多かった、夏休みの修学旅行だが…決行する」
その瞬間、クラス中が歓喜した。
予言は当たったか…あの夢に出てきた人物はこのことを予知していたんだろうか…
ヒロヤも同じことを考えていそうな顔だった。
「それにあたって最大の問題である宿泊地だが…今村の実家でOKが出たので、今村のお世話になる。よろしくな」
すると、今村の周りの女子が寄ってたかってユキに質問する。
友人の家という事もあって、みんなユキの実家のことが聞きたいのだろう。
このときのユキは、いつもより輝いて見えた。
「静かに!…まぁ、実家は田舎ということなので、日頃の疲れを癒してくれ。それでだ…学級委員」
「「はい」」
学級委員の両名が返事をする。
「高校生最後のイベントだ。それにふさわしい、楽しそうなイベントを計画してくれ」
「みんな、俺に任しとけ〜」
男子学級委員の澤田が高らかに宣言した。
「面白くねーと後が怖いぞ〜」
「心配すんな。みんながビビるような企画考えちゃる!」
「…え〜と…それにあたってだが、学級委員と今村の3人でイベントを考えてくれないか…今村の情報が頼りだからな」
「あ、はい」
「それじゃ、朝礼を終わる」
授業内容は全く覚えていない。
午前中はなんとか教室にいたが、どうやら完全に爆睡していたようだ…
気がついたときには数学教師の西川が立っていて、廊下に追い出されてしまった。
あの夢のせいだ、あの夢のせいだ、あの夢のせいだ…
…そうじゃなくても寝てるけどね。
結局午前中はみんな寝てたから、午後は何とか受けることが出来た。
その放課後…
「カズヤくん」
「ん?」
振り向いて見ると、マチだった。
「大丈夫?最近すごくやつれてるけど…」
「まぁ…なんとか」
「理由はヒロヤから聞いてるけど…なんかえらい事になっちゃってるわねぇ…」
「まったくだ…相手はこっちの都合はお構いなしみたいだしな…」
「でもま、夏休みが楽しみね?」
「ああ。みんなで騒げるし…夢の謎が解けるかも知れない」
「ま、頑張ってね。私はみんなが楽しめるような企画を考えるわ」
「おう、頑張ってくれ。んじゃな」
「うん、バイバイ」
そう言って教室を出ようとしたとき、誰かが教室から走り去ってゆくのが見えた…
足だけだったから、教師か生徒か、男子か女子かも分からなかった…
あの日以来、ぱたりとあの夢を見なくなった。
何でかは分からない。
夢に出てきた理由も説明されないまま夏休みに入り、とうとう旅行の日を迎えてしまった。
旅行は2泊3日。ユキの実家の寺へお世話になることになった。
ユキの実家が寺だとは思わなかった…
俺たちにはその村の名前だけ知らされ、寺はすぐに分かるから自力で来いとのことだった。
男子の1/4は集団で車の免許を取っていたので、女子のほとんどはそれに乗った。
その他のものはバイクや公共機関で村へ向かった。
俺はというと、ヒロとバイクで行こうと思ったんだけど…マチと行くといって断られた。
まぁ、今となっては引き戻す理由も無く…仕方なく他のバイク集団と愛車のエリミネーターで向かった。
小型二輪は16歳で取れるから、17の時に取ったのだ。
つくづく…うちのクラスには免許のフライングが多い。
卒業するまで取ってはいけないのだが…免許取得率が異常に高いので、もはや何も言われない。
轟音を響かせながら目的地に到達すると、すでに車陣は到着していた。
軽自動車、セダン、ライトバン…軽トラックまであった。
このすさまじくミスマッチな車の並ぶ駐車場は、まるでダメプロデューサー主催のモーターショーみたいだった。
共通点はただ一つ。
みんな若葉マークだ。
さすがというか…うちの担任はスポーツワゴンのSUBALU LEGACYで登場した。
「…全員いるか?点呼を取る」
こうして全員の点呼が進んだ…
そして全部終わった後、ため息を一つついた…
「…今日車で来た奴、怒らないから手を上げろ」
そういうと、5〜6人の手が上がった。
「…まぁ、取ったもんは何も言わん。事故にだけは気をつけろ」
「「「は〜い」」」
ま、聞いちゃいないだろうね…
初日のスケジュールはズバリ、「講話」だ。
ユキのおじいさんから、話を聞いて昔を知ろうというもの。
最初はブーイングが起こったが、話を聞いてみると…とても住職とは思えなかった。
堅苦しいイメージは全然無く、彼が子供の頃、青年の頃のことを面白おかしく話してくれた。
おかげで、時間の事など全く気にしなかった。
何度も笑いが巻き起こる。
「…そこでだ、わしに革命が起こったんじゃ。今のばあさんとの出会いじゃよ。昔はえらく可愛くてな…」
「いやですよおじいさん。そんな昔の話を…」
今でもこの二人は熱いことで有名だというのは、後で知った。
その夜…
ヒロヤとマチが夜中、こっそりと抜け出すのを見た。
とはいえ、今日はみんなで思い思いに夜の村を散策しようという事になっていたが…
それで、寝たい奴は先に寝ているのだ。
どのみち、次の日の夜は大騒ぎして夜遅くまで起きてると思うし…
今のうちに寝ておくのは果たして賢明か…?
二人が抜け出すのを見送っていると、誰かに背中をつつかれた。
振り返って見ると…ユキだった。
「ユ…今村…」
危ない…クセで下の名前を言いかけた…
「…来て…」
それだけ言い残してユキが外へ行くので、慌てて追いかけた。
そうして着いた先は、村にある橋の上だった。
二人で端の欄干に腰をおろす。
「…あのね…夢…覚えてる…?」
「夢…?」
「うん…白い夢…」
あれか…世界がどうのこうの…
「あれね…意味を教えなきゃいけないの…私が…」
「今村が…?」
「…カズヤ君って、夢ってどんなのだと思う?」
「どんなの…?」
「その…うまく表現できないけど…夢って…人にとってどんなものだと思う…?」
「どんなもの…」
そう言われても…
夢は、人が眠るとき、ほとんどの人が見るものだし…
「分からないよ…ただ、見るものだって…」
「それがね…違うの。夢は、人が持つ、もう一つの空間なの…」
「もう一つの空間…もう一つの"次元"?」
「そう…でも、夢の中は、現実より1次元少ないの…分かる?何が無いのか」
縦・横・高さの3本はある…人によって見る夢は違う…じゃあ、時間が…無い?
「…時間軸か?」
「そう…夢に時間は無い…無作為につながる、記憶の断片の集合体…」
「でもさ…見た事無い景色だってあるぜ?」
「それは、空想も記憶だから…空想で描いた景色も記憶なのよ」
「ふ〜ん…」
「それでね…ある人の夢が、4次元が、この世界を飲み込もうとしているの…」
「それが…世界の危機?」
「そう…時間の無い世界がこの世を支配してしまう…正確には、時間の無い世界が、近くにある5次元を飲み込んでしまうのよ…」
「ということは…世界の終わりが来たとき、近くにいる人は、時間を失うのか…」
「そう…時間を失ったとき、その夢の中にいない人は、存在自体を失うのよ…」
「……」
怖くなってきた。
時間を奪われてしまう。
その夢の中に自分がいなければ、存在そのものが消えてなくなる…
「でもね…現実世界には、時間軸はある。でも、その人の時間軸は無い…」
「つまり…?」
「つまり、周りの人にとっては一瞬。その人にとっては永遠。…この矛盾が分かる?」
「…巻き込まれた人は、永遠に夢を見る。でも、外にいる人には、その永遠の夢は一瞬…」
「そう。そして、宇宙の法則に矛盾が生じる…この世界ではありえないことだから…」
もし…そうなったら世界はどうなるんだ?
「もしも…そうなったら、俺たちはどうなるんだ?」
「…みんな夢に飲み込まれる…そして、永遠を一瞬で体験し、自我が崩壊し、残されるのは、死体同然の肉体だけ…狂った人形よ」
「…俺はそれを止められるのか?」
「ええ…だから、あなたの夢にお邪魔したの…私…この次元に存在していないはずの存在だから…」
「え…?」
「…私はね…6次元の向こうから来たの…この次元の世界が危ないから…」
どういうことだ?
夢の話を思い出してみる…
…外宇宙か?
「…今村は、この宇宙の人間ではない…?」
「…そう…私は宇宙の外から来たの…」
信じろというほうが無理だ…
今、目の前にいるのは、ずっと親しかった友人、ユキだ。
それが、宇宙の外から来た?
「…この体は、危険なの…全てを飲み込む力を持っている…次元を超越し、この5次元世界そのものを消し去るほどの…」
「……」
「だから…"私"という自我が入れられ、それを阻止するべく、この日を待っていたの…」
「…最初からそれだけのために?」
「ううん…そういう、存在意義みたいなのかな…それに気付いたのは、15の時…」
「…つらかったか?」
「…結構ね…」
ここまで一気に喋ったから、ユキの方も疲れてきたようだ…
「なぁ…俺はどうすればいいんだ?」
そうたずねるとユキは立ち上がり、月に向かって両手を広げた。
「…2択よ。今ここで私を殺すか…私の夢の中にいる「夢魔」を殺すか…」
「今…って…」
出来るわけが無い。
とゆうことは、必然的に後者となる。
「私としては…夢の中の私を殺してほしい…そうすれば、今の私は残るから…」
「そうか…俺も、そっちの方がいい…」
ユキの事、好きだしな…
「…人を殺すなんて、物騒だしね」
そっちの意味じゃないー…
一人で勝手に苦悩してると、クルッっとこっちを向いて前かがみになった
「それじゃ…また明日ね」
…上着の中に白い何かが見えたが、見えなかったことにした。
無防備もいいとこだ…
そしてまた勝手に赤面する…
その日の夜、いつにも増して深く眠った。
俺としてはユキが気になるが…今は楽しむのが先決だな、と決めた。
悩んだところでしょうがない。
今夜、決戦だ。
「今日のスケジュールですが、昼は川で泳ぎたいと思います」
「待ってたぜ〜」
「水着はやだな〜、男子が見てるし…」
「心配すんな。全員泳ぐんだ」
前々から決まっていたので、全員泳ぐ準備は出来ている。
川は深いが、流れが緩やかなので溺れることは無いそうだ。
おまけに、橋がかかっていると来れば…
「「「そりゃー!」」」
飛び込む奴が必ずいる。
この村の子供は必ずここから飛び込むそうだ。
儀式化までしているそうな…
なので、全員飛び降りることとなった…俺は高いのは苦手なんだ…
「な〜にシケた顔してんだ!飛ぶぞ!」
こういうときに必ず現れる。ヒロヤだ。
ヒロヤは問答無用で俺を抱え、そのまま飛び降りた。
「おりゃ〜!パイルドライバーじゃ〜」
「待てコラーー……」
ヒロヤは俺をさかさまに抱え、頭から水面に叩きつけられた。
おそらくひときわ大きな音がしたのだろう…だが、水中の俺にはそれを確かめることは出来ない…
「…っぷはぁ!」
死に物狂いで岸へ上がると、ヒロヤはケロッとした顔で水面から見ている。
「ヒロ〜…」
お返しに、バックドロップをキメてやった。
なにやら怪しい音がしたが、あえて無視した。
夕方…バーベキューの最中、ヒロヤが話し掛けてきた。
「…今夜だな…」
「夢で見た…?」
「ああ…今夜がそうだって…どうなるんだろうな?」
…ヒロヤは、夢を見せていた奴の正体を知らないらしい。
とりあえず…教えなくてもいいか。
「さぁ…夢の中で教えてくれるんじゃねぇか?」
「そうだろうな…でも…そこで負けたらどうなるんだ?」
負ける…考えてもいなかった。
「分からない…」
「夢の中に閉じ込められるとか、死んでしまうとか…勘弁だぜ…せっかくマチと付き合えたのに…」
「…お前ら、順調か?」
「ん…まぁ…実は両思いだったみたいだし…」
「幸せなこって」
そう言いながら肉をつまむ。
そこでヒロヤが割り込んできたので取り合いになり、いつものケンカが始まった。
周りは「やれ〜」だの「俺たちの飯に気をつけろよ」などと無責任なことを言っている。
そして…今まで感じたことの無い、圧倒的なプレッシャーを感じた。
スッパーン!!
夏の夜空に響く、スリッパの音。
…マチが寺のスリッパを持ち出していた。
「こんなところでまでしないの!」
「はい…」
「ゴメンナサイ…」
その途端、全員が爆笑した。
食事の後は夏の夜の定番、肝試しだ。
特にお化け役は決まっていないが、ろうそくのみで進まなければならない。
火が消えれば、月明かりしか頼りにならない…が、ちょうど始まるあたりから空が曇ってきた。
「これじゃあ、月も頼りにならないわね…じゃあ、いきましょーか」
「マジ!?マチ、ちょっと待ってくれよ」
ヒロヤは必死に抗議した。
ヒロヤは暗いところは大の苦手なのだ。
俺はむしろ暗いほうが好きだが…
「んじゃあんたは私と行きましょ。私は平気だから」
「まぁ…それならいいけどよ…」
と、まわりから歓声が巻き起こる。
当たり前っちゃあ当たり前の反応だな。
くじ引きの結果、俺は男と当たってしまった。
俺は明かりを相手に託し、後ろから歩く。
…持っているのが面倒なだけ。
ルールは、道の一番奥にあるお堂から紙を持ってくること。
帰ってきた後で、その紙に書いてあることを実行するのだ。
持って帰れなかった人は、そのまま橋から川にダイブすることになっている。
そして、明かりは蝋燭とマッチのみ。
しばらく進むと道が3本に別れ、また1本に戻るらしい。
…で、男同士の楽しくない肝試しをおくっていたが…
「なぁカズ、お前ここで待っててくれよ。俺が取ってくるからさ」
「あぁ…いいぜ。…どうせ女だろ」
お堂の裏で軽くイチャつく魂胆なのだろう。コイツもクラスに彼女持ちだ。
「まぁそうとんがるな。じゃ。行ってくる」
そう言ってスタスタと行ってしまい、暗闇の中に俺が取り残された。
そして、帰りを待っていると…突然真正面から強い力を受け、真後ろに倒れてしまった。
あまりにも突然のことだったので軽くパニックに陥ったが、それでも何とか状況を理解する準備が出来た。
どうやら、何かが倒れてきたらしい…重い。
そして、熱くて柔らかい…なんだ?
「ごめんなさい…暗くて見えなくて…」
その声は…ユキか?
「い…今村?」
「はい…あ、カズヤ君?」
「ああ、俺だ…」
大当たりだ。
そう分かった瞬間、体中が熱くなっていくのが分かった。
今、俺の上にユキが乗っかってる…
軽い…そして…いい匂い…
ユキがヨタヨタしながら立ち上がると、俺もやっと立つ事が出来るようになった。
「大丈夫か?相方は?」
「大丈夫…もう一人はマユミちゃんだったんだけど…ここで待っててって…でも遅いから心配になって、来てみたんだけど…暗くて…怖くて…」
マユミ…さっきのあいつの彼女だ。
なるほど…もう一人の置いてけぼりはユキか…
「私…暗いのダメなんですけど…じっとしてるよりはマシだって…でも、何も見えなくて…」
だんだん涙声になってきた。
まずい…どうしよう…
俺の脳が、これまでにない速さで、あらゆる状況をシュミレートしている。
しかし、そんなことをしているうちに、行動に出られてしまった…腕にしがみついてきた。
「あの…もし…よかったら…しばらくこうさせて…下さい…怖くて…」
すごく震えてる。
どうも本気で怖いみたいだ。
俺は願ったりかなったりなので、拒否する理由など何も無い。
「いいよ…あいつらが帰ってくるまで」
「…ごめんなさい…」
今、改めてユキを見ると、意外なところが多かった。
いつもよりも小柄で、いつもよりもずっと弱い存在に見える。
怖くて震えてるせいもあるかもしれないが…今は守らなければという使命感が沸々と湧き上がってきた。
「…俺たち二人で抜けてしまわないか?あいつら帰ってきそうにないし…」
多分帰って来ない…いや、第3の道を通って帰るだろう。
そう踏んだ俺は、ある種の賭けに出た。
「…はぃ…」
必死に声を絞り出したという感じで返事をしたユキ。
「…その…つかまっててもいいからさ…」
「はい…」
こうしてパートナーが入れ替わり、明かりの無いまま夜の山道を進んでいった…
「あのさ…」
「はい…?」
なーんか…猛烈に緊張してるぞ…俺…
「その…今村は…いや…夢の中の悪魔を倒すんだよね…どうやって?」
こんな事が聞きたいんじゃないんだー!
「…? えっと…頭の中で思い描いたことは何でも出来るんです…夢だから…」
「あ…そうなんだ…でも…難しくない?」
「はい…正直そうです。相手も好き放題にしてきますから…あとは…カズヤ…さんの精神力の問題です…」
そう言うとそのままうつむいてしまった。
何なんだろう…?
「とにかく…私は、勝ってくれるように祈るだけです」
その夜は遅くまで騒いだ後、次の日には全員で昼過ぎまで爆睡していた。
で、本日のテーマは、「山で遊ぶ」だ。
山菜を取ったり、きのこがりをしたり、野山を駆け巡ってみたり…だ。
女子は主に夕食のための食材探しがメイン。
男子は無論、遊ぶのみ。
木の枝を探したりもしたが…焚き火のために。
その日のユキは、いつにもまして元気が無かった。
今夜のことのせいだろうが…心配だ。
そして…運命の夜がやってきた。
山で遊びまくったせいもあって、全員早々に寝てしまった。
時計は無いが、多分…10時くらいだろうか。
夜空に月が輝く中、俺とヒロヤは庭の見える廊下に呼び出された。
「…いよいよです」
「ああ…」
「具体的にはどうすりゃいいの?」
ヒロヤの意見はもっとも。
「はい…寝るだけです」
「「寝る?」」
「こう…手すりにもたれかかって、月の光を浴びながら眠るんです。そうすれば、月の魔力でお二人を私の次元に呼べるんです」
そう言いながらユキは手すりにもたれかかって座った。
「私の次元?」
「あ〜、ヒロ、全部終わったら説明してやる」
「?」
今からそんなことを話し始めたんじゃあ、夜が明けてしまう。
「では…お願いしますね」
そういうと目を閉じ、ユキは眠りに落ちていった。
とりあえず考えても仕方が無いので、ユキの両隣に座り、目を閉じて眠りについた…
「…あ、ヒロ」
「おうカズ。どうも、"今村の次元"に呼ばれたみたいだな」
「そう思っておいてくれ」
とりあえず一通りあたりを見回してみた。
見たことが無い風景…アパート群。
ここが、今村の住んでいる家だろうか。
ぼやけていて分からないが、近所にこんなアパートがあったような木がする。
「あっ、来てくれたんだ!」
と、遠くから声がした。
振り向いて見ると、ユキが走ってくるのが見えた。
Gパンにセーター、髪は後ろで一まとめにしていた。
…何かが違う。
そう感じた。
だが、分からない。
夢の中のせいなのか、ひどく頭がぼやけている。
すると、ヒロヤがその"もや"を取り払ってくれた。
「今村って…あんな感じだったか?もっとおとなしいと思ってたんだけど…」
そうだ!
学校でのユキはひたすらおとなしい。
髪も結んでいない。
なのに、走ってくるユキは、いかにも"スポーツ少女"という装いだった。
「ずっと待ってたんだよ?」
「待ってるって…?」
「だから、カズヤ君をだって。…私が誰だか分かる?」
今更…というような質問に軽くあせったが、見たまんまを答えた。
「今村友紀…だろ?」
「当たりよ。でも、私はユキであってユキじゃない」
「?」
どーいうことだ?
ヒロヤと二人で首をかしげる。
「私も、今村友紀なのだよ」
「「!」」
突然後ろから男性の声がした。
振り返って見ると…いつも夢に現れる、黒い服の男が立っていた。
「え?」
そして再び前を向くと…ユキは消えていた。
「私は、メッセージを伝えるための仮の姿だ。まさか話しているのが私だと気付かれたくなくてね…分かりにくいか?」
「なんとなく分かります」
つまりだ、この人はユキの作り出した仮の姿なんだ。
「そして…私が現在のユキです…」
また後ろから声がした。
振り向いて見ると…いつもの、学生服を来た、おとなしいユキだ。
その後ろには、私服の方のユキが、男に羽交い絞めにされていた。
「私のいる理由…それは、もとからある彼女の"心"を封印するためです」
「封印…?」
「それじゃあ、この娘を消さなきゃいけないの?そりゃないぜ」
ヒロヤも愚痴を言う。
俺だって、彼女を消すなんて、したくもない。
「でも…彼女は危険なんです…だから、おっとりした私が選ばれたんだと思います…でも、最近は特にこの娘の力が強くなってきて…」
「それで封じろって言うのか…なんで封じなきゃいけないんだ?」
「それは…彼女の抑圧された"心"が、爆発しそうなほど大きいからです」
「何よ!誰かを好きになるくらい、いいじゃないの!」
後ろで私服のユキが騒ぐ。
「その心が危険なんです!あなたはその心を開放できない!」
思わずびっくりしてしまった。
おとなしそうな外見とは裏腹に、結構言えるんだな…と思った。
「…修羅だなぁ」
ヒロヤ…そんな事いってる場合じゃないぞ…
私服のユキの方は、図星だったようで、そのままうつむいてしまった。
「爆発すると…今いる世界が、外にあふれるんだっけ…?」
確かそんなんだったような。
「そうです…この、時間の無い、4次元の世界がこの周りを飲み込みます。そうすると…夢から醒めることが出来ず、一瞬で永遠をさまようという矛盾が起きます」
「??」
「全部説明してやるって…」
面倒だな…
「それって…私が悪いの!?好きだって言えない私が悪いって言うの!?」
…あれ?
言えるんだ?
んじゃあ、抑圧されて無いじゃん…
それじゃあ、なんで制服のユキは…?
「なあ…本当の存在理由はなんだ?」
「?カズ、何言ってるんだ?」
「そっちの今村は、自分の気持ちをストレートに表現できてる…抑圧なんてされていないじゃないか。…まさか…お前、自分のために?」
「!」
その瞬間、制服のユキは頭を抱え込んで叫んだ。
そしてユキが光に包まれて…その光の弾が周囲に飛び交い、手当たり次第に破壊していく。
「やべぇ!」
「カズ!こっちは大丈夫だ!」
見ると、すでにヒロが私服のユキと一緒に物陰に隠れていた。
俺は…あっちを止めなきゃ…
思い通りのことが出来るらしいが…とりあえず意識を集中させ、HUNTER×HUNTERのような気をイメージした。
すると…体の周りが光りだし、オーラが生まれた。
「…こういうことが出来るんだ…行く!」
俺は光の中心へ走り出し、体に流れている光を思いっきりぶつけた。
しかし、稲妻のようなものが手に走り、はじかれてしまった。
…今、ユキの気持ちがわかってきた。
抑圧されているのはこっちの方で、あっちは無理やりのっとられただけなんだ。
何があったか知らないが、好きな人のために体をのっとってまでこっちの世界に来たんだ。
…そう考え出すと、ユキにたいして全力が出せなくなった。
本当にかわいそうなのは…こっちなんだ。
「うああぁぁっ!」
光の中からユキが飛び出し、右手に纏ったオーラで掴みかかってくる。
俺はそれを的確に避け、なんとか動きを止めようとする。
しかしそのためには常に体中にオーラをイメージしなくてはならず、ちょっとでも気を抜くと、ユキのオーラに体中が侵食されていく感じがした。
「く…っそ!」
ユキの猛攻をなんとかかわし続けてきたが、そろそろ集中力が切れそうだ…
いちかばちか…一点に力を集中させ、一気に勝負に出た。
「おおおおっ!」
ユキの右手を左手で払い、そのまま突進して、ユキを体で押さえつけた。
すると、突然ユキがおとなしくなった。
体から光が消えたので、こっちも集中を解いた。
押さえつけられたユキはいままでになくか細い感じがした…
俺は起き上がり、ユキを解放してやる。
「…私は…」
「私は、あっちでふられてしまったんです…」
「私が、全然積極的になれなかったから…こんな性格だし…」
「それで…こっちの世界の今村友紀の存在を知って…すごく羨ましかったんです…」
俺はだまって彼女の声に耳を傾ける。
「あっちの世界にも、ほとんど同じ世界があるんです…おなじ地球が」
「違うところは、こういう次元超越能力や、他にもここの世界とはちょっとズレているんです…」
「それで…向こうの世界で、私は今村友紀という名前なんです…」
「私は…こっちの世界の今村友紀が、私と同じ環境でありながらモテるのがうらやましくて…」
「それが理由で…来たんです…」
「…だからって、人をのっとったりはいいのか?」
「!」
ユキが小さく震えた。
「分かっています…いけないことは…でも…抑えられなく…て…」
とうとう泣き出してしまった。
すると…後ろから二人がやってきた。
二人きりで泣かれてしまうと、これ以上気まずいものは無い。
…助かった。
「ねぇ…あなたも、私と同じ気持ちなんでしょ?」
私服のユキが、制服のユキへ話し掛けた。
「分かるよ…あなたは私だもん。なんとなく分かる」
「今まで支配されつづけて、嫌な思いしかしなかった…」
「でも、だんだん分かってきたんだ。"この人も同じ人が好きなんだ"って」
「でね…あなたにまかせちゃったの、好きな人に告白するということを…」
「好きって言う気持ちがすごく強かったから…いつか言ってくれるんだって…甘えだよね」
「私にも…責任あるのかな?いい出せなくて、気弱になってたから…」
「…違うわ」
やっと、制服のユキが口を開いてくれた。
「私が…一方的に来ただけだもん…あなたは悪くないわ…」
「…やっぱ、思うことは同じなんだね…今、はっきりと分かるよ。同じ人が好きなんだって」
すむ次元が違っても、同じ人同士、分かり合えるものがあるんだな…
「…あの…もし良かったら…」
「?」
「私と…一つになってくれませんか…?主導権はそちらでいいですから…」
「そんなことできるのか?」
「はい…記憶の共有ですね…人格も、2人分です…が、基本的に融合してしまってるので…」
「じゃあ…私とアナタはどういう風になっちゃうの?」
私服のユキが心配そうに尋ねた。
確かに、その辺は気になる…
「完全に混ざるんです…ですから、あなたと私が融合したら、ちょっとおとなしめになったあなたになるんです…」
「じゃあ…完全に一体化って事ね…あなたはそれでいいの?」
「いいんです…私は、あなたの中に残りますから…直接体を動かせませんが、意識を共有できるんです…あなたはそれを感じることは無いですから大丈夫です…」
「…それなら…いいわ」
「なーんか、ヴァンパイア・セイバーみたいだね」
「こら、微妙にマニアなネタをはくな」
俺たちはもうリラックスしている。
「じゃあ…私の手を取ってください…」
言われるままに、私服のユキが制服のユキと手をつないだ。
すると、制服のユキがどんどん光に包まれていく。
「…カズヤさん…あなたの事が好きでした…」
そういい残し、彼女は光の粒となって私服のユキの中へ消えた。
「あぁ…先に言われちゃった…」
それを聞いた瞬間、一気に体温が上がり、頭の中が白くなってきた。
それってまさか…
「うん…私も、アナタのこと、好きなんだ…言われちゃったらもう、ためらうこと無いけどね…」
「……」
「おーい、顔が赤いぞ〜?」
ヒロヤが茶化す…が、もう頭の中は真っ白だ。
一つだけいえることは…
「俺も…今村が好きです」
一夜明けて、何か大きな音で目がさめた。
ゆっくりと目を開けると、右肩にはユキの寝顔があった。
なんとなく…雰囲気が違って見えた。
本当に…夢の中の出来事は本当だったんだろうか…
それはともかく、物音の原因を探ってみると、すぐに見つかった。
ヒロヤが下に落ちた音だった。
地面に落ちて、それでもなお眠っていた。
すると…ユキが目を覚ました。
「今村…」
「カズヤ君…私は、今、初めて開放された…分からないこと多いから…よろしくね?」
「…ああ」
この日から、今村は大きく変わった。
学校では若干喋るようになった程度だが、それは無理やり作っているそうだ。
実際、二人でいるときは私服のおてんばユキそのものだ。
それに、今まであった大人の魅力と幼さの混ざった容姿に、もはや完全に惚れてしまったらしい…
そんなユキは学校での人気も上がり、"夏休み前よりずっと大人っぽくなった"という声をよく耳にする。
一夏の出来事だった。