倉敷市内、アイビースクェア正面に通じる道、両側は土産物店、ここの七夕飾りには、幼稚園児のたてた笹竹以外には、飾りだけのものが多い
倉敷市内の七夕飾り、左奥が大原美術館。角の街燈に縛られた、七夕の笹竹には、飾りだけ、願い事はない
岡山駅地下駐輪場の七夕飾り

10数年前確かに写真は写したはずだったが、見つからない。神社に厚かましくも無心を言ったら、自由にお使い下さいと、ここ数年来の祭り風景の写真を提供頂いた。七夕飾りではないが、七夕飾りを参考にして生まれた飾り、頂いた写真をカットして使用したような失礼なことになったが、ここに薬のパッケージ吹流し部分をを載せさせていただいた。

倉敷も新たに七夕飾りをするのなら、それぞれの商店さんも何かエコな方法で、なるほどと見る人に納得される、宣伝用七夕飾りを作ったら?・・・それがデニム生地の裁ち布であったり、イグサの端で作った飾りでも、名産の桃の種でもいいのでは・・・倉敷をアピールするものだろう・・・

・・・かまぼこ板でも、何かの串でも、ペットボトルでも、空パックでも・・・・そこで食べたり飲んだりできるもの・・・笹竹の上の、僅か数日間の七夕の飾りなら、倉敷を訪れた人も楽しんで見られるのでは・・・作るみなさんの腕次第・・・これが続くことが伝統になるだろう。

・・・「言うのは易しいが、それなら考古館は何をする?」・・・・ここは過去のスタッフしかいないので、そのプロフィールでも・・髑髏カードの飾りくらいで悪しからず。

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大人400円→250円  大・高生250円→150円  中・小生200円→100円


〒710-0046 倉敷市中央1-3-13 Tel.Fax(086)422-1542 財団法人 倉敷考古館

大阪市中央区道修町にある少彦名神社(神農さん)の祭礼飾り
ここは江戸時代以来の、薬種街、今も著名な製薬会社が並ぶ。
祭礼飾りには、各会社の薬パッケージなどが利用されている。
エコと会社の宣伝の両方を兼ねている。(写真は少彦名神社提供

両側ビル街の中に、背の高い笹竹に下げられたくす玉に長い吹流し、その吹流しには奇妙な形のものが連ねられていた。よく見ると、それぞれの製薬会社が、自社製品の市販されている薬包装用箱などを連ねて吹き流しとしたり、集めて飾りを作っているものもある。

さすがかつての船場、薬の町、無駄な経費を使わず、特徴のある飾りを作り、同時に宣伝もしている・・・その時この祭りを初めて知って、たいへん感心したのである。

今回、改めて神社にお聞きしたところによると、祭りは古くからあったが、50年以上も前になるが、祭りを賑やかにしようと、わざわざ仙台の七夕祭りを見に行って、それを参考に工夫して全て手作りで、飾りを作ったそうである。

以来例年、それぞれ手作りで飾付けた物だったが、近年は、既成の飾りが多くなったとのこと。しかしこの神農さんの秋祭りは、大阪では著名な祭りで、しかも一年で最後の祭りとして知られているようである。

その頃もし笹竹が立てられていたとしても、庭の中であろう。七夕祭りが、こうしたあたりの個人宅で、どれほど行われていたか知らないが、目立つものはなかったというのが実態。商店街にも、七夕ということで、特別飾り付けをした祭りなどは無かったはず。

現代のお仕着せ笹竹は、つけられた短冊も少なく、なんとも寂しい感じで、枯れてまくれた笹の葉だけが目立っていた。七夕の風情ではない。むしろ今年は、倉敷川河畔の町並みでは笹竹は無く、商店の集中地だけになったのは、救いだった。織姫さんや彦星さんには申し訳ないが。

思い出したのは、10年以上も前のことだが、大阪の()(しょう)町での笹竹の飾り。ここはかつての船場の一角であり、江戸時代以来、薬種問屋の町であった。現在も著名な製薬会社の本社や、事業所が集中している。この町の薬神の神社である「少彦名(すくなひこな)神社」(神農さん)の祭りの飾りだった。

 今年の七夕飾りがはじめて目に留まった頃、僅か下げられていた短冊の一つに、達筆で「おこずかいが」と書かれた文字が目に入った。次の行には「増します様に」とある。この書き方は子供の書き手ではない。

ここはシルバーの人材が活躍している駐輪場・・・この「おこづかい」の多さを願った短冊は、多くの書き手を誘う呼び水のようでもあるが、・・・案外書き手の本音・・・

日々短冊は増えていった・・・「三連単当たりますように」・「就職が決まりますように」・「祈医学部合格」・「彼女と海にいけますように」・「家族みんなが健康ですように」・・・などなど。ここは様々な人が利用する所。学生も多いし、通勤者も多い。JR利用で玉野の競輪場や、児島の競艇場へ行く人も多いだろう。

主に学生の自転車置き場コーナーの笹竹には、短冊が満員、願いもさまざま。しかし星空とは全く無縁な、地下に立つこの笹竹の願いは、どこへとどくのか?・・・それでも全て納得という感じの短冊飾り。こうした所で、なんだか本音の七夕祭りが生きていた感じ・・・

倉敷でも、とくに考古館周辺の一帯では、観光行政も相まってか、七夕祭りの行事に、いろいろと力を入れているようだ。ここ数年来七夕が近くなると、あちこちに笹竹が配られ、来訪者が自由に短冊を書き結べるものとか、道に面して、既成の飾りを付けた笹竹が、かなり無理してあちこちに立てられていた。

しかし、考古館の周辺の旧い土蔵造りの家が続くあたりで、考古館開館の頃から思い出しても、家々の入り口や道路沿いなどに、家庭用の七夕飾りが立てられていた記憶はない。

岡山駅地下駐輪場の七夕飾り
ここは生徒・学生の車が多いので、かわいい願いがびっしり

(130)七夕飾り

 最近では6月末頃から、商店街のあちこちなどで、笹竹の青い葉が揺れている。七夕飾りということだが、その多くは下に短冊が置かれ、路行く人や訪れる人に、一筆短冊に願い事を書き、笹に付けてください・・・と言うスタイルが多い。

七夕と言えば昔から、特に子供のいる家では、朝露を盆ですくい、その露ですった墨で、短冊に願いなど書いて,笹竹につるすのが、庶民の年中行事の一つでもあった。

しかも七夕は旧暦の77日だったことから、新暦採用後100年たった頃でも、七夕は1ヶ月遅れの87日のほうが、馴染み深かったのである。と言うのも現在の77日では、日本列島上まだ梅雨の明けてないところが、多いからだろう。しかし今時は、肝心の織姫・彦星とは関係無いのがほとんどのようで、77日が優勢・・・

 岡山市では、駅の地下にある駐輪場の入り口にも、6月末にはこうした笹竹が立てられていた。ここを通勤途上利用する筆者は、時間を気にしながらも、つい横目で人様の願い事を見てしまう。