「a butterfly」
<4>
「ひどいな。せっかく助けてやったのに。」
悪びれた様子も見せず
省吾は叩かれた方の頬を手のひらで撫ぜながらいった。
「偶然見かけちゃったもんだから、ついね。
だってあんた、うちに帰りたくないんだろ?」
織音には省吾の言っている意味がわからない。

省吾は、その場に自分もしゃがみ込むと
「悪いんだけど昨日の話、俺も聞いちゃったんだよね。」
とボソッと漏らす。
  
< 寝入ってるものと思ってたのに… >

それに・・・
それに、どうやら俺自身もこのまま君に
居なくなって欲しくないみたいなんだ。
そう告げると
織音の両腕を取り、そっと立ちあがらせた。
そして今度は優しく抱きしめるともう一度
溶けるようなキスをした。


あふれでる愛をいくつも
誰かにそそいで
傷つきそして立ち直り
ひたすら愛するだけ...
見果てぬ夢と満たされぬ愛
両手に抱えて...


さっきから織音は、潮風が吹き抜ける波止場に佇み
銀波の間を滑るように行き交う船を見ながら
耳もとを くすぐる様に心地よく
そして心に響くメロディーに耳を傾けている。

いままでさして意味があるように思えなかった
日々が突然、多彩に輝き出したのがわかる。。
この瞬間に、世界中が生まれ変わった気がした。
それなのに・・・
そんな幸福な時間は甘い夢だったとばかりに
思いもよらない省吾の一言で
打ち砕けるのだった。

「実はさ俺、昨日家に帰ってから
ずっーと悩んでたんだけど…
俺、
しばらくの間、
ニューヨークに行くことに決めたんだ。
実は前々から向こうの知人に、
来ないかと誘われててさ。
俺に はたして どれだけの力があるかわからない。
けど、自分の実力
試してみたくなったんだ。
自分の人生に妥協しないアンタを見てて
そう決めた。」

ついてこい、とは云われなかった。
ホントはそういって欲しかった。
じゃあ、無理やり相手についていく?
そんなことは、、
これから何かに挑戦するものの
足手まといなんかにはなれない。
それに
今日のことさえ、省吾にとっては
ただの気まぐれかもしれないんだから。
ただ自分が省吾を決断させる
手助けになれたことだけがせめてもの救いだった。
それは反対に悲しいことでもあるのだけれども

織音は
「そう、」と曖昧な笑みを浮かべていった。
そして、顔を逸らすと、かすかに、泣きそうな声で
「じゃあ、今日はお祝いね。」と言った。

その晩は女三人によって
新たな船出を決めた省吾の為に
ささやかながら心のこもった宴が
夜半まで賑やかに開かれた。

翌朝、いつものように早く起きたカコが
まだ布団の中で、いまだ眠りを貪っているユキに
「ユキ、ユキ!ちょっとこれ、みて」
と慌てた様子で一枚の便箋を手渡す。
 
そこにはうつくしい文字で
「家に帰ります。
ご親切にして頂き
ありがとうございました。
この御恩は一生忘れません。
          織音」
と、したためられている。
そして金額無表記の小切手。

驚いてユキが織音の泊まっていた部屋に駆けていくと
部屋の布団は畳まれ、こざっぱりと片付いていて。

「深夜に出て行ったみたい。
近所の人がここの前に
黒塗りの高級車が止まっているのを見たって。」
そう、ポツリいうカコにユキは食って掛かった。
どうして、どうしてだよ!
せっかく勇気を出して
籠から飛び出してきたってゆうのに
なんで、わざわざ自分から帰んなきゃいけないのよ!
そう叫ぶと、今度は、ぽろぽろ涙を零した。






つづく

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