「a butterfly」
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「ユキ、あなたほんとにそんな服装で出掛ける気なの?」
まぶしい朝日が差し込む部屋でドレッサーに向かいながら
カコが呆れ顔で問い掛ける。
カコは肩のあたりが大きく開いたエレガントな
オフホワイトのドレスの上に
ビーズで繊細に刺繍された黒い上着を着ている。
髪はアップに結い上げられ、
ところどころに真珠の飾りが散りばめられている。
元々色白で美しい顔立ちのカコは
まるで白雪姫かシンデレラかと、見まがうばかりのあでやかさである。
そんなカコとは対照的に、ユキの服装はいつもの通り。
しいて云えば、ただジーパンに穴があいてない所が違うくらいか。

「いいじゃん、べつに〜」
全然気にした様子もなく答えるユキに、不満げに
「だって今日は特別の日なのよ。わかってる?」
と追い討ちをかけるカコ。
なかなかしぶといカコの追求にユキは
たまらず、「う〜〜〜ん。」と唸る。
そのうち、部屋にかかった鳩時計が9時の時刻を知らせる。
「さ〜〜て、そろそろ行きますか。」
ひざをポン、と叩いてユキが立ち上がる。
カコも
「も〜、いつもながら、しょうがないユキ。
どうなったって知らないから。」
と、ぼやきながら細い銀の鎖のついたバックを肩にかける。
二人はばたんとドアを閉めると玄関前に待機していた
黒塗りの高級車に乗り、目的の場所へと出掛けていった。


ある超一流ホテルの大広間。
煌くばかりの豪華なシャンデリアが光り輝き
真紅の絨毯がその場をことさら優美に
そして気高く引立たせるフロアにふたりは居る。
テレビや雑誌でよく知った顔の
著名人や、有名人があちこちで会話の花を咲かしている。
テーブルには贅を尽くしたオードブルや、
銘柄のシャンパンがプロの感覚を持って
みごとにセッティングされている。
周りを見渡せば、溢れるばかりの花、花、花。
耳に入るのは美しい音楽と、
所々で湧き上がる笑いの渦、渦、渦。
あまりに場違いの、その雰囲気に飲み込まれ立ち尽くす二人。
いくつかの客の固まりが、
この場にあまりにも似つかわしくない服装の
ユキをちらちら見ているのがわかる。
『あ〜あ、早く始まってくんないかな…』
そう願うユキ達の前に
つかつかと歩み寄る、華やかでいて、
それなのに清潔感漂うディープ・スカイブルーの
仕立ての良いスーツに身を包んだ一人の青年。
この中にあって、ひときわ輝く今日の主役である。

その青年は三年前にニューヨークに旅だった省吾だった。
余りの変わりように、
ただ、呆然と見つめる港町のシンデレラ?カコの手をとり
その手のひらに軽くキスをすると
「ひさしぶり。よく来てくれたね、カコ。
今日はまた、一段と美しいね。
ところで隣の人は付き人かい?」
そうおどけて尋ねる省吾に、心ならずもボーっとする。
反対に、付き人呼ばわりされたユキは、
「バーカ。そんなこというんなら、わたしゃ帰る。絶対帰る!」
ぷんぷんしながら180度回転して、
本気で引き返しそうな勢いだ。
そんな姉の前に回りこみながら
人なっつこい顔をして
「冗談冗談。まったく姉貴らしいよ。」と機嫌を取り、
来てくれて嬉しいよと微笑んだ。

いよいよ、レセプションが開幕した。



つづく

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