「a butterfly」
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わいわいと賑やかだった会場に一瞬の静寂が訪れた後、
派手な音楽とともに一声が響き渡った。
「皆様、ご多忙の中、この場にお越しくださり感謝いたします。
これよりオリエンタル コーポレーション主催により
浜口省吾の全米アルバム売上NO1記念と
その輝かしい青年の今後の未来を祝って祝賀会を開催したいと思います。
どうぞ、心ゆくまでお楽しみください。」
いま日本で一番忙しい司会者であるはずのTakaである。
その名調子で紹介を受けた省吾は、皆の羨望のまなざしと
盛大の拍手に迎えられて、正面のステージに立った。
その場の省吾は誰が見てもこの上なく輝いていて凛としている。
ふかぶかと皆の前で一礼すると
「本日はお忙しい中、私のためにお越しくださりありがとうございます。
いまこうして私がこの場に立っていられるのも
すべて皆様の暖かい心添えのおかげです。
それなくしては今の自分は無かったでしょう。感謝しています。

3年前、一人見知らぬ地に乗り込み、手探りで、
そして我武者羅にぶつかっていったことも
今では大切な私の財産になっています。」

そう言った後、心の底から込み上げてくるものを
押し留めるようにシャンデリアが輝く天井を
見上げた後、また言葉を続けた。

「また、私にも
いままでの人生で道を見失い、酒に溺れたこともありました。
そんな時期に自分を支えてくれたのはこの人たちでした。」
そこまでいうと、静まり返る人々を背につかつかと、
壁の端で隠れるように見守るユキとカコの所に歩み寄り
何事かと呆気に取られるふたりに向かって
ありがとう。と頭を下げた。
突然そんなことを云われたふたりは
何がなんだかわからなく、パニックになりながらも
もう目の前が涙で滲んで周りがよく見えなかった。

「そして・・・」
省吾は、その行動に心を打たれている
観衆の方に向きを変えると
「そしてもうひとり、私の人生を大きく変えた女性を
紹介したいと思います。」
そういって人込みに紛れている女性の手を引いた。
「織音、君のおかげで僕は自分の夢をかなえることが出来た。
ほんとうにありがとう。」
そういうと人目もはばからず愛しい人を抱きしめた。


「ではみなさん、シャンパンで乾杯をしましょう。」
また賑やかさが戻った会場は、いつまでも楽しげな笑い声に包まれていた。


*******

織音は手紙を残してあのアパートを立ち去った後、
自分の屋敷に戻り、父と母に自分の気持ちを初めて打ち明けた。
そして、たとえ勘当されようとも自分は自分の道を歩いていきたい。
自分の意思を持って、自分の足で踏みしめていきたい、と
揺るがぬ決意を、余すことなく伝えた。
それは、省吾と会って彼女が学んだ逃げない勇気だった。

初めは冗談かと聞いていた両親も、あまりにも真剣な織音の表情を見て
これは只事じゃないと思った。
娘の初めての反抗を聞いて二人は怒るよりも、むしろ心の中で喜んだ。
あまりにも素直な娘を心の片隅で気にかけていたのだ。
しかし、それはあくまで心の中に隠しておいて。
縁談をすすめてきた手前、そう簡単に話を破棄には出来ない。
これは会社も絡んだ話なのだ。
それ以上に織音の決意の固さを確認したいと思ったのだ。
父親はスクッと立ち上がると織音を背にし、部屋を後にしながら
「それでは今からお前とは他人だ。決してここには戻ってくるな。」
と、告げた。
その声に母親は、かすかに震える音声を嗅ぎ取って
テーブルにひれ伏して泣いた。
そうして、織音は、再び来る事はないであろう屋敷に一礼して
その場を後にしたのだった。









つづく

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