女忍者,お雪

 

ここは甲賀の隠れ里。

かつては大勢の忍びの者たちが住み暮らしていたが、

戦乱が絶えて久しい今となってはひっそりと静まりかえっている。

夜半から強くなった風が木々を押し退けるかのように吹き抜けていく。

大きいが質素な作りの館の奥まった一室、そこに忍びの頭領伴隆矩(とも たかのり)の横顔が

赤々と燃える囲炉裏の火に照らされ幽鬼のごとく浮き出して見える。

隆矩の陰鬱な顔は老人のようでもあるが皺の全くない肌からすると意外に若いのかもしれない。

「こんな寒い晩は雪様のことが思い出されてなりませぬ。」

「言うな、お婆。」

隆矩は酒の仕度で控えていた白髪の老婆をきつく見据えた。

「雪お嬢様をもうお許しになられては...。」

「この頭領たるわしの娘といえども掟を破った者を許しては示しがつかぬ。」

「もうよい、さがれ。」

部屋を出ていく老婆には目もくれず、隆矩は冷えた酒を舐めつつ燃え盛る囲炉裏の火を

いつまでも見つめていた。

 

 

ところ変わって

 

「ちょいと玄さん、こないだ頼んでおいたあれ、出来てるかい?」

粋な艶姿でひょいと現れた女の顔に、

「ああ,とっくに仕上がってるよ,ほら見てみい」と

何やら入った巾着袋を投げつける。

中には催眠弾やら、起霧筒、火苦無など物騒なものばかりが

収められている。

「もう他にはよかったのか?」と先ほどから随分夢中になっている

作業から手を休めることなく聞いてくる。

一見みたところ、野暮ったそうだが,なかなかどうして。

目に宿す光の冴えた、

決して相手に壱分の油断も隙も与えなさそうな男にいつものように

「ああ,今回はこれだけあれば事が足りるさ」と

一つ一つを手で回し見ながら満足そうに呟く。

 

「ところで、仁さんからは何か連絡があったのかい?」

と、物を袋にもどしながら問えば、

「さっそく,明日の晩にも計画決行だとさ」と事も無げに返る返事。

・・・思ったよりも早くなってしまったようだ。

「了解、じゃあ,それまでにやっておかなけりゃいけない

ことがあるからもういくわ。」

というと土塀の穴からチラッと外を覗きこみ、人の気配がない事を確認すると

「ドン!」と壁の表裏をひっくり返して裏の路地に出て、そこから

賑やかな街中の人込みへと紛れて行った。

 

人呼んで女忍者お雪

ころあいのいい年齢を都合よく利用して

少女にもなれば老婆にも化ける。

猿のような身軽さは唯一の自慢だ。

大名や豪族などの権力者に従う忍びが多い中、

一番誠実に生きている庶民の味方として悪を討つ。

 

 

濃紺の闇に浮かぶ朧月

ここは、とある料亭の奥座敷

渡り廊下の正面に広がっている、

しっとりと趣のある日本庭園の

獅子脅しの音が時折 コトンと静寂を破る

他には,辺りはひっそりと静まり返っている。

そんな場所で腹黒い陰謀がひそかに進められていた。

 

「では、先生、宜しく頼みますよ」

と、包んだ小判を渡しながら高利貸しの因幡屋はにんまりと笑った。

「まかしておけい。拙者が引き受けたからには、

浪人くずれだろうが刺客だろうが、ものの数ではないわ」

「しかし、先生、最近では女忍者のお雪とか申すものが、

私どものような商家を狙っているとか」

「なに?、くノ一。。。お雪とな?」

と、用心棒の剣客、名和文五郎の眼がキラリと輝いた。

 

「どうせ、どこぞのあばずれだろ。たいして心配は要らんさ」

とあっさり言い放つ。

その余裕綽々の態度に安心してか

愉快そうに顔をゆがめて笑う男にまた視線を戻し、声を潜めて尋ねる。

「ところで因幡屋,例の証文だが、よくよく用心して隠してあるんだろうな。」

「そりゃあもう,抜かりなく,フフフッ」

 

「パン,パンッ」

内密な話もようやく片付くと、因幡屋は掌を叩いて宴開始の合図をした。

・・・お楽しみは今始まったばかり。

続々と豪勢な料理や厳選されたお酒、それに選りすぐりの奇麗どころが

しゃなり,しゃなりと着物の裾を艶かしく床に滑らせながらお座敷へと入ってくると

否応にもその場の雰囲気は一気に華やいでくる。

「おお,待っておったぞ,アヤメに,紅葉に,桜。

ますますいい女になったな。ほれ、こっちこっち」

と嬉しそうに目を細めながら手招きをする男に

「あらまあ,いつもながらお口がホント,上手いこと、、、

そんなこと云ってもなにもあげませんよ」

と営業用の魅力的な笑顔を満面にたたえながら馴れた調子で相槌を打つ。

「さあさあ、まずはお壱ついかが?」

とご満悦顔の因幡屋に一献勧めるのはこの店一番の看板芸者アヤメ。

華やかで,それでいて上品な薄紫の着物には一幅の名画を思わせる錦繍

が施してある。豊かな黒髪は高く結い上げられ、同じく薄紫と銀色の玉鬘で彩られている。

「今日は旦那様方の為に、とびきり美味しいと評判の銘酒を取寄せましたのよ、

これを召し上がったらもう他のお酒は飲め無くなってしまうかも」

と含み笑いをしながら差し出された漆塗りの盃になみなみと

百薬の長を注ぐ。

座敷には紅葉の心髄にまで響くような見事な三味線の音が鳴り響き、

桜の流れる様に淀みのない

扇の舞いがその目をクギヅケにして心底、客人を酔わせていた。

そしてひっそりと夜は更けていった。

 

翌晩、漆黒の闇の中、因幡屋の屋敷内の大木に息を潜め身を隠す忍び二人。

「よく隠し場所が判ったな。」と,いつもながらの情報収集の見事さに呆れながら

これまた全身黒装束の男が問えば,「ちょっと一服盛ったからね」と含み笑い。

「自白剤か・・・」

手に入れるべき物は因幡屋があらゆる悪事を働いて騙し取った

町民からの誓約書。

わざと店が立ち行かなくなるまで追いこんでおいて

見計らった様に手を差し伸べる。

人間、八方塞になると藁をも掴みたくなる。

それが、いくら悪辣な条件だとしても。

「まったくひでえ事をしやがる・・・」

 

 

事の真相が発覚したのは、在る伝からの紹介でお雪が小雪と言う名で

居候している、お茶屋「みつや」での常連客の会話。

 

「なあ、おやじ聞いたか。とうとうあの飾り細工の老舗、螺鈿堂が潰れたらしいぜ。

なんでも多額の借金を背おっちまってて、店は取られるは、

あそこの娘もそのかたにどこぞに奉公に出されるって話さ。

どうしてあんなに真面目で堅い商売をしている人間がそう云う憂き目に遭うもんかねえ。

今月に入ってからすでに三件目さ。」

と団子を口にほお張りながら遣り切れなさそうに茶店の店主相手に話しかければ

「まったくもって,おかしな世の中でさあ。正直者が,バカを見る。」

と済んだ飯台の後の片づけをしながら相槌を打つ。

「なんでもあの因幡屋が一枚噛んでるってもっぱらの噂・・・」

「因幡屋」と聞いて小雪は背中に冷たいものがスッと走るのがわかった。

 

小太りで一見好々爺だが、腹黒さは底知れない

その正体は中国筋一帯を荒らしまわっていた盗賊の 頭、

蛇骨の長兵衛(じゃこつのちょうべい)。

その道のものならば知らぬ者は居ない。

50人からの盗賊団を率いて押し込み強盗をしていたが、

数年前 に引き金を配下に分け与えて江戸へ移ってきた。

右腕と頼んだ配下の者一人七蔵を番頭として

江戸本所で高利貸 しを始めた。

金のためなら人の命などへとも思わない高利貸しで

いままでに多くの商家や身分の低い武家が悪どい商売の餌食となっている。

 

高利貸しといえば

よほど儲かるようで片手では数えられないくらいある。

そのなかでも

ここは悪名高い高利貸し、「尾張屋」の離れ座敷

今夜も弱いものをトコトン追い詰めて

搾り取れるものは一滴残らず搾り取る

血も涙もない鬼畜が二人

その餌食となった犠牲者が必死になって

工面したであろう金で派手に飲み

自分の卑劣極まりない手口を肴におおいに

盛りあがっている。

 

「またまた 尾張屋さんも お人が 悪い

とても この 三河屋 そこまでは 思いつきませなんだわ

わっっはっは」

いっしゅんの 殺気。。。

「・・・・・・・・・・・・」

菜種あんどんの 元 ふたつの 陰は

もんどりうって たおれこむのであった。

 

障子に映る怪しい影。

細くあけられた障子の隙間から、

覆面の中のぎょろりとした目玉が部屋の中の様子を窺った。

(これでよし)

男は右手に持っていた吹矢の筒を手早く布に包み込み、

音もなく離れ座敷から遠ざかって行った。

それにしても見事な腕前ではある。

障子越しの行灯の影を頼りに

二人を吹矢で続けざまに仕留めるとは、並の人間の仕業とはとても思えない。

男は暗闇の中を提灯も持たずに素早く駆け抜けて行く。

細い路地に身を潜めると手早く着替えをし、何食わぬ顔で出てきた。

 

やがて高利貸し因幡屋の店先に現われると、

「私だよ、早く開けておくれ。」

すると、覗き穴から丁稚小僧が男を見て、

「あ、番頭さん」

と言ってしんばり棒をはずして戸を引き開けた。

すると男は因幡屋の番頭ということになる。

 

因幡屋の番頭。

体は細くひょろっとしているうえ、

目玉がぎょろぎょろとしていて一度見たら忘れられない顔をしている

実は蛇骨の長兵衛の右腕と言われた吹矢の七蔵。

吹矢が得意でこれまでに何人もの人を殺してきている。

何の迷いも無く人殺しができるので蛇骨の長兵衛の信頼が厚い。

頭髪に交じる白髪の数からして幾分長兵衛よりは若いらしいが

その容姿に漂う陰は陰気なこと、この上ない。

 

 

男は因幡屋の部屋の前へ行き手をついて声をかけた。

「おお、七蔵戻ったかい。さあ、早く入っておくれ。」

主人因幡屋の前に手をついた七蔵に、

「お前には聞くまでも無いことだが、首尾はどうだったえ?」

「はい、抜かりはございません。」

「そうかい、そうかい。まぁ、ご苦労であった。」

「矢にはあの南蛮渡来の薬を塗っておいたろうね」

「はい、上手く首に刺さりましたので二人ともいちころです。」

「やはり、お前に頼んでよかったよ。」

「これで商売敵が同時に二人も消えてくれた。」

「お祝いに一杯やろうじゃないか。仕度をしておくれ。」

番頭の七蔵が酒の仕度を小女に言いつけに部屋を出ると、

因幡屋の顔が大きく歪み、ぬたりと赤い舌をなめずり ながら声も無く笑いだした。

 

<2>へ続く


 

Takaさんより大部分、投稿頂きました。ありがとうございます。

伴隆矩=Takaさんです。お父上様〜〜〜〜〜

名和さん、kakotaroさんのの文章も引用しました。ありがとうございます。

名和文五郎=名和っち。用心棒なんかに負けるもんか!

 

今後とも宜しく♪

もし他にもお手伝い頂ける方居られましたら、BBSに続きお願いしますm(._.)m ペコッ。

戻る