なんでこんな日に…
もう何度そう言ったか分からない。
気温は軽く30℃を突破している。
普段の俺なら、まず間違いなく、
クーラーの効いた居間で1日中ゴロゴロしているだろう。
だと言うのに、よりにもよってこんな日に
「スケートに行こうぜ」などと言い出すバカな友人がいて、
そいつにもれなく強制連行された。
無論、滑るのは氷の上ではなく、プラスチックの上。
その友人曰く、「薄着で動きやすい夏こそスケート」らしい。
甚だ迷惑な話だ。
さらにバカな事に、その誘いにノった奴が他にいて、
そいつらと学校で待ち合わせなければならない。
このクソ暑い日に、なんで学校を拝まなければならないのか…
そう思うだけで、今日一日は絶望的だ。
話によると、友人が車で他の奴らを拾い、
俺は一緒に集合してそれについていけばいいらしい。
この街にそんなスケートリンクを知らないから、
おそらく隣町かどこかまで行くのだろう。
そう思い、俺は長袖の服を半袖の上に羽織ってバイクに乗り込んだ。
出来ることならば、上着もヘルメットも着けたくないが…長距離とあらば
それなりの服装をしなければ、事故でも起こしたら致命傷になる。
きちんとグローブをはめ、炎天下の中を走り出した。
学校へ付くと、その友人は既に来ていた。
「よぅ。このクソ暑いのに重装備だな」
「涼…そう思うんなら俺を呼ぶんじゃねぇよ…ったく」
「お、タツじゃん。おひさしっ」
ふと見ると、他にも加奈・雄哉・美紀子という、
もはや見飽きたメンツが揃っていた。
「よう加奈。雄哉とはヨロシクしてるか?」
「まぁね〜。夏休みだから目一杯満喫してるとこ」
「ほほ〜ぅ…もう色々オシエテもらったか?」
小声で加奈に言うと、横から1秒以下の反射能力で鉄拳をもらった。
「ぐふっ…いい拳だ…美紀子…だけどせめてパーにしてくれ…」
「うっさいわ!色魔!」
この一撃で、何人沈めたことか…
実は、美紀子の鉄拳は割と有名な話だったりする。
そして、雄哉は笑顔が多いが極端に無口なので、人当たりだけはいい。
「…で、涼。これで全部なのか?」
そう聞くと、待ってましたとばかりに涼が話し始めた。
「ふふふ…実は、今日はスっペシャルなゲストを呼んでいるのだよ」
「…あぁ?」
ここにあるのは4人乗りの車1台、2人乗りのバイク1台。
車は涼が運転して、さしずめ加奈と雄哉が後ろ、助手席は美紀子…
「おい、あふれるじゃねぇかよ」
「何言ってんだよ…その為のお前だろうが」
つまり、俺が呼ばれたのではなく、俺の後部座席が呼ばれたワケか。
「…帰る。帰って寝る」
「はぁーん。いいのかなー?そのゲストを見たら乗せたくなるぞ?」
「んだよ…まぁ、美紀子が後ろでもいんだけどな、俺は」
「…おい。誰がフッた相手の後ろに乗りたがるんじゃ?達也君」
…そう、俺は以前美紀子に告白し、見事に玉砕した経歴を持つ。
「ま、誰が来るのか知らないけど、気に入らなけりゃ乗ってあげるって」
「同情はいらん…って、何だ、美紀子も知らないのか?」
「え?あ、うん。聞いてない」
「そりゃそうだ。誰にも教えてないんだからなー」
不敵な笑みを浮かべる涼。
夏の魔力か…俺は今、とっても涼を殴り倒したい。むしろ滅したい。
「…お、来たかな」
涼の視線の先を追うと…黒いワンピースを来た女がこちらに走ってくる。
何と言うか、無表情の上に疲労を付け加えたような顔。
「げ…あれ、柊?」
「え!?百合ちゃん!?」
皆が一斉に、柊の方を向いた。
すると柊は、それに気づいたのか、さらにスピードを上げて走ってきた。
「…よく呼んだな」
「フフフ…俺を甘く見るなよ?」
「いや、それはまた別の話だと思うが…」
柊 百合(ひいらぎ ゆり)と言えば、
友達付き合いの悪さではトップクラスの女子。
いつも無表情で、どこか達観している物腰は、彼女の存在を際立たせている。
当然、俺もほとんど会話を交わしたことが無い。
「…遅れて…ごめん…」
「いやぁ、俺らも今集まったところだから」
…何というか、全てが珍しい。
柊が息を切らしている。
柊が私服である。
おまけに、黒のワンピースという、他の人でも
滅多にお目にかかることの無い服装。
汗をかいているのか、その長い髪が二の腕に所々ひっついている。
「へぇー、百合ちゃんがこういう集まりに来るなんて珍しいね?」
「あ、加奈ちゃん…うん、川本君にしつこく呼ばれたから…
これはもう、もう抵抗するだけ無駄だなと思って」
「これは…百合ちゃんの貞操の危機!?」
「マテや美紀子。人の事殴っておいてそう言いますか?」
「さて…柊さんが来たところで、出発しますか。
疲れているだろうけど、移動はバイクだから大丈夫」
……は?
「ちょっと待てやぁ!!」
思わず、大声を上げてしまった。
「…何だ?何か問題でも?」
「いや…問題は無いんだが、問題だらけだ」
「あ?意味が分からんぞ?」
「だからだな…道路交通法では問題無いんだが…あ、ほら、服装とか」
「それは、タツがコケなければ万事OKだ」
「いや…それ以前にだな…」
「ほら、さっさとしないと置いていくぞ?」
「そうだぞー、タツー」
「うぉ、いつの間にか車に乗ってやがる…」
一方、柊は相変わらずの無表情だが、どこか不安げな感じがする。
これはマズイ展開だ…
「あ…っと…だな…」
「ほれ、さっさと柊さんを乗せてあげなさい。
俺らは先に行って、コンビニで飲み物を買っておくぞ」
「飲み物?何で?」
「だって、片道1時間半かかるしな」
「待て!1時間半もタンデムしろっつうのか!?」
「だーいじょーぶ。俺達はラクチンだ」
「おいコラ」
「じゃ〜〜な〜〜……」
そう言い残して、涼の車は走りさってしまった。
…ものすごく、これまで体感したことが無いほどの緊張感が俺を襲う。
「あ…すまんな。涼があんなんで…」
「…あ、うん…」
何故か、今日の柊は表情の変化が激しいな…
見た目にはほとんど変わらないんだけど…何というか。
「…そんで、だ。まずはコレをかぶってくれ」
そう言って、バイクの横につけていたヘルメットを柊に差し出した。
柊は一瞬ためらったが、それを受け取った。
「…ホントに、コレに乗らないといけないの?」
柊の見つめる先には、俺のバイクがある。
アメリカンタイプなので、座席が低く座りやすいのだが…柊は
体格が小さいので、それでも難儀しそうなほどだ。
「…涼は、こういう時はマジだからな…腹くくってくれ」
ものすごく気難しい表情で、柊はヘルメットを装着…しようとしたが、
俺がバイクを動かして振り返ると、顎紐を固定できずに苦戦していた。
柊に手渡したのは、フックではなく
2つのリングと紐で固定するタイプのハーフヘルメット。
自分のはフック式のジェットメットだが、
風を受けるので、俺はハーフメットでは走ることが出来ない。
「…着け方分からないのか?」
柊は俺の問いを無視して装着を試みた。
だが、柊はリングに通した後に紐を結ぼうとしたので、俺が止めた。
「この2つのリングの意味は?1つで十分じゃないのか?」
「いや、そうじゃなくてだな…ホントに知らないのか?このタイプ」
「…知らないから困ってるんであって…悪いけど、着けて」
「え”」
…柊のヘルメットの紐を締めてあげるということは、
柊の顎を見上げる位置にしゃがまないといけないわけで、
それはつまり…柊に大接近なわけで…
…などと北の国から調になってる場合じゃないな。
「とりあえずそこに座ってくれ」
「ん、分かった」
柊を運転席へ座らせて…気が付いた。横から見ればいいじゃん。
しかし、柊のすぐ側まで手を伸ばさないといけないのは変わらないわけで…
まずは紐を2つのリングに通してかるく締め、
先端を戻して…柊側のリングにだけもう1度通す。
そして、根元側を締めながら、先端を引っ張って全体を締めていく。
「…きつくない?」
「…大丈夫」
柊も相当暑いのか、首にもうっすらと汗をかいている…
…イカン。あんまり見るとヤバイ…
「こ、こんなもんだ。リングの部分を触ってみ?」
「……おぉ!こうなってるのか」
柊が表情を崩した。
その顔は、感嘆と感動に満ちていた。
…こう、何かとても得をした気分になった。
…そして、いつの間にか、暑さを忘れていた。
「それで…これはどうやって跨げば?」
「…あ」
確かに、柊はワンピース。下手に足を上げられない。
しかしバイクというものは、足を上げて跨ぐ乗り物。
「…向こう向いてるから、跨ぎなよ」
「……いや、それだけはダメ」
今度は、少しの照れととまどいが伺える。
…なんだ。柊って結構表情が変わるじゃないか。
「しょうがないなぁ…あ、そうだ」
俺は、以前涼が後部座席に立ち乗りしたことを思い出した。
「ステップの上に立ってごらん。
そこから跨げば、普通に跨ぐよりは足を上げずに済むよ」
…柊は、とっても考え込んだ。
そして、長考の末、結論を出した…というか、諦めた。
「…わかった。そうする」
そう言い、柊は左側、バイクが傾いている方のステップに足をかけた。
そして、反動をつけてその上に乗ろうとする…が、どうにも上がらない。
何度も何度も地面を蹴っても、バイクに手をかけてみても…上がらない。
「…柊…」
「なっ!?そ、そんな哀れんだ目をするな!」
柊が真っ赤になって反論する。
半分は、この炎天下で踏み台昇降運動もどきをしてるからだろうけど…
「…ほれ」
見るに見かねて、俺は手を差し伸べた。
「?」
「つかまれって。俺の手に力をかければ立てるだろ?」
「…う…うん」
柊は息を切らしながら…おずおずと俺の手に自分の手を重ねた。
…小さい。柔らかい。そして熱い。
柊の体格を見て想像はしていたが、予想以上に柊の手は小さかった。
そして、その手から、弱いけれども一生懸命に力が伝わってくる。
そのか弱い腕の先には、必死な表情の柊。
あくまで、無表情の上に…だが、本人してみれば全力だろう。
そして、スカートを押さえつつ、ようやく柊は後部座席に納まった。
俺もそれを見て一安心した…が、
柊の手は、まだ俺の手を強く握ったままだった。
これがまた、運良く俺も方も良い感じに力が入ってて…って…
「きゃあっ!」「うわっ!?」
お互い同時に気づき、同時に驚き、同時に手を離した。
「あっ、あ…その…ごめん」
「い、いや…こっちこそ」
俺は完全に舞い上がってしまってて、柊を蹴らないように
前からバイクを跨ごうとして、ハンドルを思いっきり蹴ってしまった。
「痛った…悪ぃ悪ぃ…」
バイクにキーを差し込み、エンジンをかける。
アイドリングは好調。ガソリン残量も問題なし。
「…あ、柊。曲がるときは、体を倒さないようにな」
「え…じゃあ、どうすれば?」
「曲がっててつらいかな?と思ったら、内側のステップに力を入れて」
「ふむ…分かった」
と、柊はがっし、とばかりに俺の腰にしがみついた。
「お、おいヒイラ…」
…いや、本当はあまり良くないんだけど、今はいいか…
むざむざ自分から愉しみを潰すのは勿体無いな…
「そんじゃ、ま、追いかけますか」
タイヤがアスファルトを蹴り、二人を乗せたバイクは灼熱の道路を進み始めた…
to be continued!!
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