祝島日記 2005年2月  1月の日記帳へ

2月1日(火)雪模様 大西風
 起きてみるとうっすら雪化粧。夜中から強い西風が吹く。当分続くだろう。
 道が凍っている。「いわい」は3便とも来た。夕方の便は到着次第すぐ出港との放送が、風にちぎれながら聞こえる。
 グランドは白く積もり、リョウキチは走り回る。
 家の洗面所のタオルは凍っている。


2月2日(水)曇り時々雪がちらつく。 西風
 冷たいが昨日よりはましである。道の氷も少なくなっている。西風も昨日よりずっと弱まっている。
 本州側ではインフルエンザが流行っているようだ。
 夕方、久しぶりにナガイソまでゆっくり走る。膝の痛みがまた少しとれた。
 リョウキチは明日、最後の定期テストで、夕方、勉強していた。昨日作った旗を持って「いざ、出陣」と言って二階に上がるようだ。
 ノリコから荷物を送ったけど届いてないかと確認の電話。雪で宅急便が少し遅れているのだろう。


2月3日(木)晴れたり曇ったり 西風強夕方弱まる。
 昨日よりも西風が強い。ここまでの寒波でビワの実はやられただろう。これからの花が実になっていくことになりそうだ。
 春までの休日に、何をするかと考えるが、こまごま沢山ある。日が長くなるので夕方も活用して、あれこれやってみよう。
 ノリコからの荷物が届く。ヒロコおばさんが受け取り、二階に上げていて、気が付かなかったので、ノリコからの電話に届いてないと答えて、ちぐはぐがあって、宅急便の業者さんなどに迷惑を掛けてしまった。
 ヒロコおばさんは鬼は外とも言わないのに、昼便で出ていった。自覚があるのだろうか。
 トベラを夕方採りに行って入り口に挿す。トベラは鬼が入らないようにと窓や入り口に挿しておく。
 伝馬船が浜でひっくり返り、カヤックは30〜40m動かされていた。一昨日の西風だ。


2月4日(金)曇り 凪
 久しぶりに凪いだ。 
 午後田布施農高の祝島についていろいろ調べたことについて発表会があった。コッコーやビワで特産品を工夫するというテーマが多かった。島の人が50人くらい見に来ていた。高校生も交流ができて、喜んでいるようで大変良い試みである。きっと続いていくことだろう。先生方と生徒合わせて24人と言うことだった。橋部さんの取材協力、山戸君の声かけなどで盛況・成功。
 敏坊さん情報。櫂伝馬が1隻新調できると言うことだ!
 夕方、カヤックをクドレまで漕ぐ。少しずつまたカヤック漕ぎ力を高めようと思う。水がよく澄んでいる。凪で波止の中はナマコがよく見える。


2月5日(土)晴れ 凪のち西風
 朝、サエル販売の放送があり、買いに行く。昨日はかなり獲れたようだ。
 午前中、ナガイソで作業。昼に釣りに出るが、西風が強くなり、ヨボシで一流ししたが釣れず、すぐ帰る。
 リョウキチはクドレでルアーを投げたが釣れなかったようだ。
 午後、またナガイソに行く。
 リョウキチは隣の善徳寺の2人といろいろな遊びを楽しんだようである。
 晩便でヒロコおばさん帰島。ハゼの木を切る。春先に切ると負けてしまう(かぶれてしまう)のだ。冬は大丈夫である。
 肴はサエルの刺身である。
 ヒロコおばさんは明日岩本の法事で、準備をしていた。


2月6日(日)晴れ 西風
 ヒロコおばさんは、昨日サエルの下ごしらえなどで夜更かしをして、寝過ごしてあわてていた。おらも少し手伝いをしてナガイソに行く。
 昼飯を岩本で食べる。ヒロコおばさん奮闘の一日。
 午後、またナガイソに行く。ナガイソに小さい倉庫を風に飛ばないように少し頑丈に造ろうとしている。ワタムラの家を解いたときの木があるのでそれを利用する。柱をノコとノミで作っている所である。
 夕方ナガイソまでよたよたとランニング。おらはナガイソ通いの一日だった。
 リョウキチは暗くなり前にネバル狙いで波止に出てなかなか帰ってこない。様子を見にでようと思っているところに、弾んだ声で帰ってくる。いい形のネバル(アオタ)が2匹バケツに入っている。「スズキの小さいのが釣れた。」という。五月丸に生かしてあるというので、出てみると700gくらい(40cm余り)のセイゴ(スズキの少年級)である。ネバル狙いのルアーで釣れ、ルアーを飲み込んだようで、死ぬのではないかと様子を見に出たら、イケマで横になって浮かんでいた。ドウランに移し替えると泳ぎ始めた。リョウキチがスズキを釣ったのは5年ぶりくらいである。声が弾んでいるのももっともだ。


2月7日(月)曇り時々雨 北東風
 朝、船に出てみる。セイゴは生きている。
 サエルの販売の放送がある。
 予報とは違って雨模様で北東風の吹く、空が暗い一日だった。
 今日は文彦君から、ネギなどの野菜をいただく。お父さんが作った立派な野菜である。その上、佐世保の知人から届いたという卵もいただく。


2月8日(火)曇り朝一時雨 凪
 校舎の修理が始まった。
 夕方、リョウキチいい形のネバルを4匹。一匹自分で煮付けにして食べた。
 おらは明日の早起きをするために早寝をする。 
 河野さん通夜。


2月9日(水)曇り 凪 (潮汐表)干潮2:54 潮位 −22cm
 旧正月で、朝早く起きて磯に行ってみる。昔は色々収穫物があったようだが、おらはナマコとワカメなど少々採って帰った。磯にはまだナマコは寄っていないようだ。
 帰りにヒジキを沢山積んだトラックに出会った。三浦の方に採りに行ったのだろう。ヨボシの方には、人はおらだけだった。海の中には、タコとスズキの3kg級がいた。スズキはタマですくおうとしたら逃げていった。スナボウ(フナムシ)がいた。夜行性で、今日は余り寒くないので出てきたのだろう。
 大きな石の上に寝そべって空を眺めたら、雲の隙間から時々星が覗く。曇り空だった。
 家に帰って一寝入りする。
 春が少し近づいた感じの穏やかな一日。 
 ヒロコおばさんは親戚の法事で、手伝いに行く。
 浜ではヒジキやワカメを干している。ウシロで鯛が釣れ始めたと、江本大工さんやたみちゃんが話してくれる。たみちゃんは「今日は出るで!」と張り切っていた。みんな大漁して潤うと良い。
 石田さんに出会うとサエルがまあまあ獲れたようである。続くと良い。


2月10日(木)晴れ 西風
 出張で脳についての講演を聴く。前頭葉を活発にするためのあれこれを聞いた。
 秀樹さんと一緒になり、柳井まで車に同乗させて貰う。予定よりずっと早く着いた。
 ナゴジロウの所に泊まる。


2月11日(金)晴れ 多分北風 この日までの雨量45mm
 山口にピカソ展を見に行く。山本幹雄先生夫妻が山口駅に待っていてくれ、一緒に見に行く。沢山の作品があった。気楽にみて、草臥れることなく、楽しい感じがした。常設の所に正平さんの絵もあった。中の波止の鳶が飛んでいる絵である。
 昼食も一緒にご馳走になる。その後山本邸に寄って、竹細工の作品と、奥さんの水彩画を見る。一杯作品があった。
 ナゴジローの所に泊まる。ナゴジローは模擬テストがあったそうだ。


2月12日(土)晴れ 西風
 朝、周東病院に行って、昼便で帰島。
 ナガイソでノミとノコギリで作業。
 晩に蓬莱館で、秀人君や文彦君、北川さん、と色々話をする。ヒロコおばさんも珍しく来る。リョウキチのスズキも半身刺身で役立つ。半身は我が家でムニエル。


2月13日(日)雨後晴れ 西風
 西風があり、つりに出ず。ナガイソでノコギリ、ノミ作業。
 昼便で北川さんが帰る。
 午後もナガイソ。
 一日寒く、西風が凪がなかった。夕方、リョウキチがネバル釣りに出たので、後を追って出てみるが風が強く、釣られないのですぐ帰る。


2月14日(月)晴れ 凪
 穏やかに凪いだ。春めいた一日。ヒロコおばさんの大根が、2月はじめの寒に少しいじめられていたが、食べ頃になっている。明るい日射しの昼下がりにハナグリの写真を撮る。
 夕方、ナガイソまでランニング。
 朝から風邪の菌を脳味噌が感知しているようで、少し頭痛がする。
 リョウキチ、何かに触発されて腹筋に励む。


2月15日(火)雨 東風
 朝から雨模様である。
 ヒロコおばさんは午前中親戚の法事の手伝い。
 結局、一日中しとしと雨が続いた。雨の中、ドウランのアジを取りに出て、アジの刺身で一杯。


2月16日(水)小雨混じりの曇り 凪
 ヒジキが乾きにくい天気が続く。
 このところ木ぎれなどで五右衛門風呂を涌かしている。木で涌かすとぬくもりが残って遅くまで良い湯加減が続くのである。
 ヒロコおばさんが風呂を涌かしているのを見て、ナガイソまでランニングをする。帰ってみるとまだぬるいのでネバルを釣りに出るが気配なし。疑似餌がよくないのか、潮がよくないのか、腕が良くないのか、ネバルがいないのか。帰ると風呂がいい燗に涌いていた。


2月17日(木)曇り 北東風
 スッキリしない天気が続く。南の前線上に次々低気圧ができて動いているせいだろう。
 学校へ上がる途中、平さんに出会う。「道の草刈りをせちょったのんたー」と言ってくれる。そろそろソーヅイへも行ってみたい。ビワの花の着き具合はどうだろうか。
 リョウキチは中学校最後の模擬テスト。卒業式まであと1ヶ月になった。
 ヒロコおばさんは、昼便で家を出る。
 午後、雲が薄くなったようで少し空が明るくなる。
 このところサエルがのるようだ。喜ばしい。
 晩飯は、煮しめパックが置いてあったので、それとアジの煮付け。おらの肴ははアジの刺身とナマコの酢醤油。ナマコにはヒロコおばさんを偲んで大根おろしがたっぷり入っている。男の食卓だ。風呂は木で焚いた五右衛門風呂だ。
 アジの煮付けがまずかった。10日以上ドウランに入れていたら、筋肉の堅さが全くなくなっていた。10日が限度だ。 


2月18日(金)曇りのち雨 北風
 北風が吹き、昼便の「いわい」は中の波止で客を降ろしたあとクレーン波止で待機して、そこから出港。晩便は到着後すぐに出港。中の波止は北波がまともに入り、係留しておくのが難しいのである。
 北川のまさとさんが学校に散歩がてら上がってきて、ちょっと話をする。まさとさんの孫がサンフレッチェのジュニアチームみたいなところでやっているらしい。まさとさんには子供の頃にかわいがられたのだ。おかげで8つくらい年上なのだが、まさとさんの同級生には知っている人が多いのだ。
 ヒロコおばさんは波が高いので帰らないようだ。
 晩飯は男の鍋と五右衛門風呂だ。


2月19日(土)午前中雨のち曇り 凪
 午前中雨が降り続く。少し仕事場の片づけなどをする。
 午後、秀人君の船のエンジンを五月丸のバッテリーでかける手伝いをする。そのあとナガイソに行って、ノミとノコギリの作業。晩便が戻る時間になって急いで帰ると、ちょうど波止にヒロコおばさんがいたので、荷物を積んで帰る。途中で原さん、太田さんに出会う。山戸孝君が迎えに出た。晩に話し合うとのことで、家に帰ったらすぐ電話があり、一杯やりながら「カヤックアカデミー」の話を聞く。5月に油谷町で開催されると言うことで、云ってみることを約束する。太田さんは天才庭師らしい。
 孝君は料理が上手い。祝島の超有望青年である。 


2月20日(日)晴れのち曇り雪混じり 西風
 ごそごそ起き出して、昼前からナガイソで終日作業。小屋の組み立て作業に突入した。15時頃昼飯に帰っている途中で雪がぱらつく中をリョウキチが自転車で様子を見にやって来るのと出会う。
 このところ背筋が調子悪い。哲ぼんさんは腰がキヤッと来たらしいが、おらは背筋がキヤッとに近いものがある。それほど重症ではではないが、さざ波程度の寄る年波だ。
 物思いに耽る時間が生じるとナガイソの小屋の補強を考えているめんめ(自分)に気づく。台風に飛ばない小屋作りがこのところの主題である。


2月21日(月)晴れ 西風
 寒が戻ってきた。西風が少しゆるまった。春の一日西風だ。春が近い。
 北川さんから、文彦君経由で色紙が届く。北川さんのお父さんの書である。有り難い。


2月22日(火)晴れ 凪
 朝の日射しが明るい。
 春の海である。ハナグリでタイやヤズが釣れたようだ。
 あっちこっちでカンピョウが干されている。
 夕方、ハナグリに釣りに出る。タイが一匹尻びれにかかり上がってくる。それだけだったが、他の船はよく釣れていたようだ。波止に帰ってくると南風が強く、船を入れるのに手こずった。
 晩9時頃、地震があったようだ。余り気づいた人はいないようである。哲ぼんさんから電話があった。アイちゃんからもメールがあった。大島の方が揺れはひどかったようである。


2月23日(水)晴れ 凪
 春の天気だ。
 情報によると山の上の将棋盤に似たような石が、北浦の方にもあると言うことである。祝島はそう言う面でもなかなか面白いようで、今年もそちら方面での進展があるかも知れない。平さんの石垣もまた、広がっていくことだろう。春からの山道がきっと面白い。
 夕方、ナガイソまでゆっくり走って、少し作業をして、ゆっくり走って帰る。長さあから貰った大きいミカンを風呂につかったまま食べたらのぼせ気味になった。


2月24日(木)曇り時々小雨 少し北東風
 リョウキチ、風邪。


2月25日(金)晴れのち曇り 凪(弱い北風)
 リョウキチ弱い風邪。


2月26日(土)曇り 西風
 リョウキチの風邪は治ったようだ。鼻水になった。
 ナガイソで作業。小屋のおおまかな骨組みらしきものになった。作業をやめると冷える。気温が低い一日だった。
 エミちゃんから生テープや菓子が届く。


2月27日(日)晴れ 凪
 ヒロコおばさん、ナンバの法事。今年は法事が多い年だ。
 満ちのやおりにハナグリに出てみる。いっぱい船がいた。運よく1kgを越えるタイが1匹釣れた。10時頃帰ってナガイソに行き、作業をする。来週は屋根の部分が取り付けられそうである。
 16時過ぎからハナグリに出るが、アジしか釣れなかった。いい形の旨そうなアジである。ヒロコおばさんが家を出て柳井に向かう定期船いわいが、ハナグリの横を通って云った。冷たく、釣り糸をたぐる手がかじかんだ。
 気温が低いとソーラー温水器も冷めてしまうのか余りぬくもらない。おらが家のは冬は午後ちょっとしか陽が当たらないのである。


2月28日(月)晴れ 凪
 春の日射しの一日だった。
 松田正平後援会の会報が届いた。載っている祝島の写真に偶然敏坊さんの顔が写っていた。
 26日頃から哲ぼんさんの網代(あじろ)の修復が始まった。