おらが夏休み 2001年
二十一世紀の夏休みがやってきた。夏休み直前まで梅雨で、その分歯切れのいい夏休みになりそうである。
七月
七月二十日(金) 晴れ 海の日
夏休み初日、朝早めにおきて、裕子菜園を耕しながら草を取る。菊の種が落ち、芽が出ている。秋には菊がにぎやかだろう。
十時過ぎから、東の浜の、日よそい(日陰)を組み立てる。といっても、NさんとHさんにやってもらったようなもの。NさんとHさんのボランティア。
その後、船のバッテリー交換。帰り際に、Nさんから大きなデンチョー(シタビラメ)を十匹ばかり貰う。
昼過ぎに幼なじみの益田君と潜りに行って瀬戸貝を採る。
夕方、五月丸でヨボシに釣りに出る。チダイが釣れる。マダイも一匹釣れる。暗くなってアジが釣れる。一週間分の魚が捕れた。
夕食はデンチョーの唐揚げと刺身だ。
日よそいのある東の浜 | 波止の中の大漁(シタビラメ) | セトガイ |
「夏休み 楽しみましょう 何か待つ
胸のときめき 磯 海 人」
七月二十一日(土) 晴れ
地区の海岸清掃。裕子おばさんが出る。おらは仕事場周辺の草刈りなどをする。
海岸清掃を終わった裕子おばさんと、涼吉が仕事場に飲み物を持ってきてくれる。その後裕子おばさんと涼吉は墓参り。
昼前に涼吉とやっちゃんは東の浜で海遊び。おらも浜でつきあう。二人の海遊びを見ていると、秀人君がやってくる。
この夏休みに祝島でマラソン大会がある。その時の賞品ができたそうである。秀人君のおじさん手製の作品で「砂絵」である。
この夏は手作りのマラソン大会が、おらが夏休み前半の活動の幹の部分になりそうだ。
秀人君にデジカメから取り込めるようにして貰う。今まで、おらではどうしてもできなかったのだが、秀人君は2、3分でやってくれた。
昼は瀬戸貝のだしで、ソーメンを食べる。
午後、涼吉とナカバエで潜る。涼吉は今年潜りが上達し、サザイをよく見つける。ウニも潜って採る。
今年の夏は、磯が二人にとって今まで以上に、いい遊び場になりそうだ。
夕方、秀人君が走って、益田君はバイクで、マラソンの先導の練習。
おらと涼吉は、ウニのしご(食べられるようにすること)をする。ウニが食卓にたっぷり出た。
マラソン大会の出場者が八十人を突破した。宿泊の宿は満員で、これからは泊不要の人だけになるのだ。走りたい人みんなに出て貰いたいがやむを得ない。「憩いの家」はまだ余裕がある。
「潜りては 浮かぶ波間の 微笑みの
採ったサザイの大きさ映して」
七月二十二日(日)晴れ
涼吉と二人で郡体に出場する。
涼吉は熊毛町のグランドで走り、おらは田布施のプールで泳いだ。暑い日だった。
田布施のプールは半屋内プールで、半分温室のような蒸し暑さだった。
おらは、50歳以上の部の、25m自由形と50m自由形に出た。10年前にも出たのだが、その時より、やはり体力が落ちているのがわかった。それぞれ2秒位ずつ遅くなっていた。
こうして大会に出るのは、体力診断になる。25m14秒6、50m32秒99。
涼吉はどうしているかと、時々思いに浮かぶ。
帰りに、今年から柳井で一人暮らしを始めたユウベエの所にアイスクリームを持って寄ってみる。元気そうだった。
その後、おらは柳井港から「いわい」に乗り、祝島に向かう。
涼吉が室津から乗ってくる。
涼吉は1000mと100mとリレーに出場したそうだ。涼吉3位の賞状を貰っていた。
室津の待合所で1時間くらい待ったようである。100mでは賞状を貰ったそうだ。
夜、秀人くんとマラソンのことで打ち合わせ。元オリンピック選手の宇佐美さんが来島すると言うことだ。春に秀人くんが会ったときに、このマラソンのことを話して、できたらおいで下さいといっていたらしいが、その求めに応じてくれた訳である。
「走ったり 泳いだりの夏休み
のんびり満ち足り 言葉少なし」
七月二十三日(月)晴れ
子ども達の朝のランニング初日。
昨日のくたびれで昼近くまでごろごろ。
昼前に東の浜の海遊びにつき合う。
涼吉とナゴジロー、夏休みの常連のシュウ君たち、合わせて五人の海。
午後、少し仕事をして、磯に潜りに行く。ウニを20足らず採って、しごをして、夕食のおかずにする。
「生きていく 味わいの海 磯の香の
家にも漂い うなづいて飲む」
七月二十四日(火)晴れ
子ども達の朝のランニングに行ってみる。この日から合計8人でのランニング。
三浦海岸の花畑の草取り作業で、島の人たちが早くから活動していた。
マラソン参加者への、ゼッケン引換券などの郵送用作業を開始。
秀人君が宛名をパソコンで作ってくれているので、書くよりはずっと楽である。
昼前に、東の浜海遊びを覗いてみる。涼吉、泳法に興味を持つのでバタフライをしてみせる。
逆飛び込みもできるようになり、しきりにやるようになる。
おらも体力維持のため少し泳ぐ。
午後、郵送用作業を張り切ってやっていると、裕子とナゴジローが手伝い始める。
夕方前に、ウニ取りに行く。今期ウニ取り最終日である。今年は七月三日から二潮ウニ取りが解禁であった。
10くらいと、タコつの収穫。サシモにやられる。サシモにやられるとチクチクし、後で数日かゆい。
夕食は、おらが家手製のにぎり寿司。みんなで米粒を散らしながら作る不揃いのにぎり寿司である。ネタはアジ、チダイ、ウニ、卵、キュウリ。四人で五合くらい食べたから、見かけ以上に旨かったと言えそうだ。
後で知ったが、涼吉はこの夜、宿題をほぼやり終えた様である。
「磯静か 夏のひざしに 瀬の焼かれ
熱い陽炎 雨の恋しき」
七月二十五日(水)晴れ
朝から郵送作業を張り切る。子ども達は朝のランニングに行く。
郵送作業が一段落し、草刈りに行くが草刈り機の刃がぼろぼろで切れない。
東の浜の海遊びに行き、体力維持用の泳ぎをし、涼吉の泳ぎのタイムを計ったりする。飛び込み台から波止まで33秒だった。
シュウ君は逆飛び込みの練習に励む。
秀人君が宇佐美さんからの手紙を読みに帰る。ついでに郵便物の投函を頼む。昼なら柳井や徳山で投函すると、1日早く着く。
午後、清水丸にお願いして買って貰った草刈り機の刃が届き、早速切れ味を試しに行く。まもなくハチに刺されて帰る。
今年はハチの当たり年で、4回目(5匹目)である。この日は一度に2匹来て、刺して逃げた。
帰ると、裕子が冷やしながら、アロエとお茶の葉とどちらが効くかと、試してくれる。
夜、祝島出身の家の子どもがマラソン大会に参加したいということで、その子のおばあちゃんが申込に来てくれる。
トオル君からも参加希望が来た。そのほかにも参加の申込があり、参加予定者が100名を越えた。
「この夏の 日照り続きの 草むらの
アシナガバチの 低き巣多し」
七月二十六日(木)晴れ
子ども達、朝のランニング。おらは腕が腫れて重いので休養。アロエの方が良く効くようだ。
「冷やしたり アロエの汁を 塗ったりと
たつってみるが なお腫れにけり」
七月二十七日(金)晴れ
子ども達朝のランニング。少し風邪気味の人がいて、走る人がすくなかったようだ。
マラソンの距離版を、ランニングから帰ってきた涼吉と作る。
昼前に、五月丸のバッテリー充電を兼ねてアジ釣りに出る。10匹釣って帰る。
不在者投票して、昼から仕事に行く。
夜、マラソン大会参加者の宿泊がほぼ決まる。旅館・民宿合わせて48人。
老人憩いの家に8人。テント、おらが家も合わせると、ほぼ60人の人が泊まることになる。
朝の便で来ての参加者が約50人。島出身者が10人くらい。
走る人が総勢105人である。
「夏風邪に 元気な子供が おとなしく
海を思って 昼寝そびれる」
七月二十八日(土)晴れ
夜中にムカデらしい虫に左手を刺されて目が覚める。
おらが職場の親睦旅行。
幹事はあすかちゃんと雅美ちゃんで、いろいろな手配をしてくれた。
足摺岬へ行く。
おらは早々とフェリーの中でビールに酔っぱらって、朦朧として一日を過ごしてしまった。
夕食のころには左手が腫れてきた。虫さされも効いてきたような感じで、何とも冴えなかった。
カラオケで「兄弟船」を唄って寝た。
「舟歌を 歌って酔って 朦朧と
夢とうつつが 波の間に間に」
七月二十九日(日)晴れ時々雨(祝島は晴れ)
旅行二日目。足摺の海の中を覗く。祝島より南の海である。珊瑚やオヤビッチャ等の熱帯魚がたくさん泳いでいる。涼吉が見たら喜びそうな景色である。
深層水を土産に買った。タタキの「たれ」も買った。秋から、おらが公園で釣れるだろうハマチのタタキ用である。俊君は息子の海斗君に鯨の帽子を買った。
柳井港で家族の迎えに会う。おらが家族も柳井旅行をしていたのである。 海斗君も迎えに来ていた。
祝島に夕方7時過ぎに着く。
「台風の 気配の濃い 足摺より
瀬戸内に着くや 頬ずりぞ待つ」
七月三十日(月)晴れ
朝子ども達のランニングにつき合ってゆっくり2qを走る。
午前中仕事。
午後マラソンコースの距離板設置場所に印を付けに行く。おらが自転車の距離メーターは不正確で、秀人君ので測る。
坂道は自転車では大変きつい。
秀人君は五時便で帰るのだが、帰りをのんびり漕いで、ぎりぎり船に間に合った。
久しぶりにアジの刺身と(デンゴ)小アジのセゴシを作って食べる。
「老眼の 眼鏡をかけて 見るアジの
刺身のツヤぞ さらに味を増す」
七月三十一日(火)晴れ
七月最終日。朝のランニングにつき合い、2q走る。走る途中で照満寺の住職さんから、マラソンの手伝いをしてくれるとの話をいただく。三浦の上あたりで、車で非常時の待機をしてくれると言うことで、大変助かる。
走る前には、駐在さんにマラソンのコースについて、安全面での留意点の助言をいただく。「垂水」の崩れたところは、誘導員が必要である。
この日は、走る子ども合計10人だった。この夏最高人数だ。
午前中裕子と網戸の工作。
午後マラソンコースの草刈りに行く。ハチに刺されず、無事帰る。作業着を着たので、よく汗をかいた。
草刈りから帰ってまもなく、孝君がやってきて、「島ん学校」の様子を聞いた。いろいろ用具など充実してきたようで、船外機付きゴムボートも備えられたそうだ。2日目の夜は、室積の花火大会で、清水丸で行ったそうである。
その後、孝君と島田恵さんの写真展を見に行く。六ヶ所村の写真展である。
涼吉の友達が増えた。隣近所、泳ぎ友達、親戚の子。つきあいが忙しそうだ。
「いとおしき 子のそばにいて 海を見る
なぜか一人星空見るに似る」
八月
八月一日(水)晴れ
朝のランニング参加者、今期最高の12人。おらは見物。
8時過ぎから涼吉と13qコースを行ってみる。涼吉がマラソンの2qと13qのどちらに出ようか、と迷っているので、走ってみることにしたのである。
急な坂道が2qくらい続くが、そこで二人ともくたびれてしまったので、2qのコースに決定。また来年13qを目指そうと言うことになった。坂道の後は、歩いたり走ったりして、2時間かけて帰ってきた。さすがに暑い。走り込んでいる人でなくては大変な難コースだ。
シイの木の林の中ではヒグラシが泣いていた。明るい林はクマゼミやアブラゼミがやかましい。柳井はアブラゼミが多かったとか、涼吉が話す。
途中で小さめのハミ(マムシ)がいた。殺してはおいたが、日差し・暑さ・ハチとともに要注意。道路の左側1メートル離れた所を走る方がよい。
涼吉は帰るとすぐ泳ぎに行く。まあ君と約束をしていたようだ。後で行ってみると、まあ君は来ていなかった。涼吉にバタフライの手ほどきをする。涼吉は今年はバタフライに興味を持ってきた。
星来ちゃんも来て、元気に泳いでいた。
ちょっと仕事場に顔を出してみる。イサム君とユカさんがいた。一郎君に会って、マラソン大会への参加料を受け取る。祝島在住者の参加は一郎君と涼吉の二人である。
バイク(スーパーカブ)パンク。
トオル君から、メールで、練習をしている、との連絡が入る。康恵さんはボランティアをしてくれるそうだ。ありがたい。
午後はイカ掛けの道具を作り、アカイカ掛けの準備をする。
夕方五月丸で出る。明るい内は魚釣り、日没近くにアカイカ掛けをしてみるが、どちらもスラ。日没は7時10分頃。
暗くなって帰る。シスを貰って、フライ・カラアゲにしているので一杯。
釣れなくても夏休み気分だ。
「沖に出て 魚もイカも つれなくて
島影に沈む 夕日を眺める」
八月二日(木)晴れ
朝のランニング、おらは休み。ナゴジローにも一緒にさぼらないかと誘うが断られた。
バイクのパンク修理をしようと思いチューブを見ると、裂けている。取り替えなくては行けないので、取り寄せることになる。
十時過ぎから涼吉は東の浜に泳ぎに行く。おらも少し遅れていく。親戚のダイヤ君、愛理ちゃん(1歳9か月)も来ている。
おらはトレーニングで波止の周りを往復する。約1qくらい。
涼吉は自主トレでバタフライをしたとかで、進歩が見える。
ナゴジローは海遊びは休み。帰ってみると昼寝をしていた。「寝る子は育つ」でこのところ、ナゴジローは大きくなってきた。
秀人君からマラソン関係のメールが届く。着々と準備が進んでいる。
島の卒業生のアドレスを真紀さんに教えて貰って、数人にメールでマラソンのことを知らせるが、12日にはまだ帰らないようだ。
夕方、釣りに出る。こがたのアジが食べきれないくらい釣れた。
「夕方の 凪に誘われ 出す船に
幾晩の肴 幾夜の語らい」
八月三日(金)晴れ
裕子、柳井に行く。おらが代わりに朝のマラソンのタイム係。美和さんも走る。
ナゴジローが朝食係主任。食パンとゆで卵とハムとトマト。
朝食後、ゆっくりして、草刈りに行く。雑であるが、狭いところを何とか刈り払った。さすが、おらが夏休み、本物の夏だ。暑い。
帰りに、仕事場に寄って見ると、美和さんが居て、ブドウをくれる。
涼吉、目の下と口の下にできもの。泳ぎは休み。
「しぶしぶと 泳ぎを控えて 家の中
冷えたブドウに 一時涼し」
八月四日(土)晴れ
朝のランニングを、おらはさぼる。
上関で午前中仕事。五月丸で行く。帰りにパンを買って食べながら帰る。
午後1時半から、幼なじみの益田君と基敬君と秀人君で磯に潜りに行く。まずまず楽しめた。益田君と基敬君とは年に一回こうして五月丸で磯に行っている。
子供時代から、磯に行って遊んだ名残が残っている。
夜、秀人君とマラソンのことで話し合い。パソコンでの仕事は、みんな秀人君の仕事になる。
「磯の瀬の 昔ながらの たたずまい
波休み無く 打ち寄せ続くに」
八月五日(日)晴れ
朝7時前から、益田君と秀人君と3人でマラソンコースの草刈りに行く。道幅が広がった。
クズ等の蔓が勢いよく伸びている。蔓草は夏が好きなようである。夏の山にもよく行っている益田君は、蔓草の伸びの盛んなことをよく知っている。
おらがビワ畑のビワの木は、カズラにやられて窒息状態になっているかも知れない。
「蔓草の 木々の肩越え 乗り出して
空に手をかけ 秋の来るまで」
八月六日(月)晴れ
午後、仕事場に立ち寄って、ユカちゃんと少し話をして、草取りをして帰る。ユカちゃんも草を取っていた。
毎日暑い日が続く。歳時記を見ると、夏の風は南風で「はえ」と呼ぶ所と、「まじ」と言うところがあるそうだ。
「はえ」の方が古い言葉らしい。沖縄では「はえ」は地名を表すらしい。祝島に当てはめてみると、「ハエ」という地名があり、南風を「まじ」というので、ぴったしだ。
「夏空に 雲の峰聳ゆ はるかなる
伊予灘の上 虹をたすきに」
八月七日(火)晴れ
朝、ランニングに出てみると、ユカちゃんも来ている。人数がだいぶ増えてきた。おらはランニングはさぼる。
午前中、仕事場に顔を出して、少し草取りをして帰る。いくら暑くても草は生きている。それなりの対策を取っているのだろう。おらの暑さ対策は、浜や磯で泳いだり潜ったりすることくらいだ。
涼吉は、相変わらず、何かをせっせと作ったり、泳いだり、本を読んだり、帰省した友達と遊んだり、個性的な夏休みを過ごしている。おらが夏休みが、涼吉の夏休みに負けそうだ。夏をしっかり遊んでおくと、秋からの釣りを中心にした日々が、また一段と楽しめることだろう。今年の秋は、涼吉とヤズや鯛やモイカまで味わえそうだ。ひょっとするとハマチも楽しめるかも知れない。おらが釣り場の無人島を二人で楽しみたいものだ。おらが、親父と一緒に作業したことを、そこまでの深さはないなりに、伝えられることは幸せなことだ。
「夏来れば 釣りにて遊び 潜りても遊ぶ
無人の小島なれど懐かし」
八月八日(水)晴れ
午前中仕事。午後は、上関で仕事。
「周防灘 西の太陽 国東の
影を描いて 静かに降りる」
八月九日(木)晴れ
朝のマラソン、おらはさぼり。
午前中仕事。
竹林さん達がマラソンコースのスタート地点近くの荒れたところの道を舗装をしてくれる。裕子おばさんの姿も見える。感謝を通り越す。
午後、マラソン直前の打ち合わせ事項などを作って準備する。弁当、豆腐等浜本豆腐店に頼みに行く。120個ずつ。
浜本君はおらの同級生なのだ。豆腐は店で出す豆腐の半分の大きさの特注だ。特注で、パックに詰めて半額で作ってくれるのだ。
「食卓を 飾るいろいろ 祝島
作り手の顔 思い浮かべて」
八月十日(金)晴れ
午後仕事。
仕事が終わって、マラソン大会の要項などを、秀人君、万ちゃん達と綴じて、袋に入れる。
夕方、益田君がマラソンコースに伸びた蔓草を、切りに行く所に出会う。益田君にはこの夏何個のスイカを貰っただろう。この夏おらが血液はスイカ色になっているかも知れない。スイカをよく食べた夏だ。
八月十一日(土)晴れ
午前中、マラソンコースの準備。距離表示板、給水所の机・椅子、水、コーンなどを運んで設置する。
午後引き続き、テントを三張り立てて、本部、給水所、売店を設置する。
夕便で、大学時代の友人のタカシ君がやってくる。約25年ぶりの顔だ。この日は定期船の到着時刻がまちまちで、いつもより早めに到着して、迎えに行けず、タカシ君とはぶらぶらしているところと、たまたまバッタリ出会ったが、すぐそれとわかった。
夕方、打ち合わせの後、タカシ君・ヒロタカ君・泰志君と給水所・本部に氷を運んでおく。
その後、秀人君・藤本姉妹と旅館・民宿に泊まる人の受付をする。
この日はなかなか忙しく、夕食を食べながら、タカシ君とゆっくり話が出来たのが10時過ぎになった。同じく夕便で来て、あれこれ手伝ってくれたタカヒロ君・泰志君と、あすかちゃん・雅美ちゃんも一緒で、タカシ君と意気投合していて、おらが帰ったときは、ダジャレ合戦の真っ最中だった。松岡さんも臨時に仲間に加わって、おらが晩酌が久しぶりに弾んだ。寝たのは2時頃になった。
八月十二日(日)晴れ
マラソン大会当日で、5時過ぎ起床。会場に上がる。敏君と出会う。敏君は漁協の売店の準備。その後、給水所のビワ茶を運搬して、競技中は走者の最後尾で救護も兼ねる。
大会本部は俊君、ヒロタカ君、ユカちゃんの三人で計時・記録係。あすかちゃんと真由ちゃんが放送係。会場を期待以上に明るく盛り上げてくれた。
藤本三姉妹が受付。受付終了後はおつまみ・飲み物・弁当引き換え係と賞状、完走証記入・発行。三姉妹は大忙しだった。
重永一家が大切なものの受付・預かり係。三人は「くいでのこうろく」(弁当持ちでのボランティア)だ。
よっちゃん、裕子おばちゃんがビワ茶やスイカで、走り終わった選手をねぎらってくれた。ビワ茶はびわ産直の差し入れのビワ茶を、2区のおばさん達が昨日煎じて作ってくれたもの。スイカはおらが同級生の和男君家の差し入れで20個くれたものと、秀人君の友達の差し入れ。
参加賞のビワ茶は「ビワ産直グループ」の特注割安、豆腐も同じく特注割安、タオルは郵便局の寄贈。飲み物は「蛭子商店」と秀人君の友達の差し入れ。Tシャツは祝島出身の「いわもと」さんの原価サービス。
売店には孝君と景子さんが祝島の特産品を販売・注文受け付け係り。
泰志君が写真撮影係。
秀人君が実行委員長。
長磯給水所にやっちゃん・陽子ちゃん・ともちゃん・イサム君。(1人誘導員を兼ねる。)
北野給水所に浩徳君・万ちゃん・創生君。
三浦給水所にオサナ・ナゴジロー・ユウベエ・石津さん。(1人誘導員を兼ねる。)
マラソンコース誘導員に、康恵さん・公敏君・槌谷さん・駐在さん・元志君・聡君・達美君・照満寺住職(救護待機も兼ねる。)・一登君・ノブヒロ君。
巡回が由美ちゃんと山脇さん。
2q先導、竹林さん。13q先導、益田君。
2q最後尾伴走に紀子さん。13q最後尾に敏君・雅美ちゃん。(救護も兼ねる。)
友人のタカシ君は長磯給水所用の柄杓(昨日準備を忘れていたもの)を持ってスタート。
祝島自治会長の出田さんが、準備から片づけまでずっと手伝い、見守ってくれた。
涼吉は2qの部に参加。4位だった。
暑い中を走った選手は、「暑くて、長く厳しい坂道だったけど、この時期には大会がないので、とても良い。」という、たくましい感想を漏らす方が多かった。
祝島出身で、おらが一級上の顕坊は、「ランナーズという雑誌に、このマラソンのことを書くから」と言っていた。「ランナーズ」に連載を執筆中とのことだ。顕坊は本を何冊か出しているのだ。
船大工で、おらが二級上の和幸さんは、大工小屋の前で応援をしてくれていたそうで、選手から「酒屋はありますか。」と聞かれたそうで、「あるで。」と答えたそうだ。来年はビールを持って待っていてくれるかも知れない。
漁協前では、島の人の応援が多かったそうである。
参加者の皆さんはほとんどが昼便で出る。見送りに出て手を振ると応える。満ち足り、楽しんだ様子が伺えた。
コースの片づけを石津さんとイサム君が早々とやってくれ、テントや机・椅子・諸々の片づけも予想以上に早く終わる。
タカシ君、子ども達と東の浜で泳いでいる。
夕便で福岡から、高校生がやって来た。おらは昨日来るものと勘違いしていた。「老人憩いの家」にマラソンに来る人たちと一緒に泊まる事にしていたわけだが、それが今日だった。インターネットで祝島を知り、やってきたそうだ。高校生というのも来てからわかった。「老人憩いの家」を引き続き借りることになっていたので良かった。四人とも、夕方から釣りなどをして楽しんでいる。
八月十三日(月)晴れ
朝、ゆっくりする。
タカシ君もゆっくり起きて、散歩などしたり、絵を描いたりしている。
裕子おばさん、マラソン大会の支払いなどで動く。
おらは、憩いの家の高校生の所を覗いてみたり、時々タカシ君と話したりして、過ごす。
昼便でタカシ君が徳島に帰る。見送る船の中から高校生が手を振る。タカシ君も、後ろの方でずっと手を振っていた。
「憩いの家」に行ってみると、高校生のメモがあった。祝島を一生忘れないと書かれてあった。四人ともがんばれと、声援を送りたい。
「草枕 旅ゆく人を 送る船
振る手小さく 思いを乗せて」
八月十四日(火)晴れ
朝、久しぶりに釣りに出る。ヒラネでヤズを一匹とヤオ沖でシイラを一匹。
波止に帰って信さんにシタビラメを1ダースもらう。波止の中の大漁。
今季最初のヤズ | 今季最初のシイラ |
オキナ(チョンギー)という所にある黒っぽい岩のてっぺんが転がり落ちている。子供の頃に歩いて釣りに来ていたところで、印象にある岩の一つである。オキナ(チョンギー)という名は、白い岩が翁の形、見方によってはチョンギー(キリギリス)に似ている事から付けられたのだろう。おらは、どっちかというと、チョンギーの方に似ていると思う。オキナは海岸の名前で、ここの上の地名は「ソウズイ」である。ソウズイにはおらがビワの木が数本あるのだ。
「夏の海 島の南に 漕ぎ出でて
黒潮より入る 魚に出合う」
八月十五日(水)晴れ
中学校の卒業生が、十年以上前に埋めたタイムカプセルを掘り出すと言うことで、行ってみた。
啓ちゃん、天志君、達ちゃんが掘っていた。おらも手伝った。草の根がはびこってなかなか手強かった。
昔祝島にいた校長先生、長君、秀樹君も昼便で来ているはずだけど、なかなかやって来ない。船大工の和幸さんの所に行ってみると、ビールを飲んでいるのでおらも一緒にご馳走になる。その後でタイムカプセルを開けて、ビールを飲んだ。話が弾んで大変楽しい時間を共有した。
校長先生、長君、秀樹君は晩便で帰っていった。
達ちゃんは晩便に遅れたので、四代まで連れて行くが、飲んでいるのでまた引っ返した。
「ひさかたの 日々を重ねた それぞれの
集いに弾む ひさかたの日々」
八月十六日(木)晴れ
朝アジ釣りに出る。丸アジ4匹、ヤズ1匹。
タカシ君から葉書が2枚、小さい字で書かれたのが届く。またきっと来てくれるだろう。
峰子さんからも葉書が届く。桃の絵がある。
「便りあり 東と北より 海を越え
手元に届く また楽しからず也」
八月十七日(金)晴れ
久しぶりの朝のランニング。おらはさぼり。子ども達はランニングの後、ゴミ拾いもする。
午前中仕事。
昼の便で万ちゃん達が帰る。
午後、益田君、基敬君、涼吉と磯に行く。アビキがあるので飛び石では泳げないので、小島のかげに行く。
涼吉と地(陸近くの浅いところ)で遊ぶ。
アビキ(台風によるうねりが届いたもの) |
「うち寄せて また帰るらむ 磯の波
島に帰りて また帰る人波」
八月十八日(土)晴れ
午前中イサム君達と涼吉とアジ釣り体験。1時間あまりでアジ3匹。
昼便で伯父さん・伯母さん・恵美ちゃん達が下関に帰る。
台風11号が向かっている。
「台風の 前略に似て アビキ寄す
さまざまに似て 似ることに学ぶ」
八月十九日(日)晴れ
台風のため、五月丸は中の波止に避難。
午後カヌーを秀人君、裕子おばさん、涼吉と解体し、収納。
見張り所の、日よそいもはずす。
中の波止 | 中の西側の波止 |
「台風に 備えて構える 僚船の
避難港に 落ち着きにけり」
八月二十日(月)曇り時々雨
マラソンの写真を参加者に発送。何とか1人1枚写っていた。泰志君の力作だ。
台風で、東の浜の海遊びができないこともあって、涼吉がよく手伝ってくれた。涼吉は、何かしている方が幸せなくらい体力が付いているようだ。
「陽が漏れず 夏を忘れる 曇り日に
送る封書に 炎暑の写真」
八月二十一日(火)雨
台風がそれて、四国の南の海上を通るので、祝島は北風が吹く。昼前から西になる。
午後仕事で室津に行く。帰りには西風が少し強まっている。
台風が去って夕焼けが真っ赤。
「ひさかたの 雨の祝島 北の風
遙か洋上 台風の行く」
八月二十二日(水) 朝晩の蒸し暑さが消える
朝、ユウベエが高校の登校日で、本州に渡る。
ナゴジローと涼吉はランニングに行く。やっちゃんと陽子ちゃんの四人だった。
おらは中の波止の芯綱をはずす作業に行く。
九時過ぎから中の波止のゴミ除去作業に行く。昨日の北風で漂流してしてきたゴミが沢山、中の波止に入っているのだ。漁師30人くらいで、約1時間かかって除去。
昼前、涼吉と東の浜でチン(クロダイ)を釣ろうと行くが、チンの姿がない。台風でどこかに避難したのかな、と涼吉と話す。
昨日から涼吉は恐竜の爪を作っては、隣のひろ君と、さと君に付けて恐竜の弟にして遊んでいる。ひろ君、さと君結構喜んでいる。二人はウルトラマンも好きだけど、恐竜も好きらしい。
四時前、テングサを採ろうと、前飛び石まで歩いて行ってみると、あびき(台風によるうねりが海岸にうち寄せる波)のせいか、ほとんど無い。
テングサ少しと、タコを一つ採って帰る。家では七月に採ったテングサで作ったトコロテンが待っていた。
夕方、釣りに出ようと、涼吉と中波止の五月丸に行ってみると、電源のスイッチを切っていなくて、バッテリーが落ちている。釣りは中止で、岡部電気に充電を頼んで帰ってくる。おらがバッテリーはもうかなり性能が落ちているのだ。油断が出来ない。
台風は今日、清水に住んでいるタカシ君の方で雨を降らしているようだ。清水の方、台風は大丈夫だったらしい。
「朝晩の わずかに涼しさ 見え隠れ
小さい秋の どこかに潜む」
八月二十三日(木)晴れ
朝、バッテリーが充電されているので、涼吉とヤズ漕ぎに出る。
三匹釣れる。涼の今季初のヤズ。
昼過ぎから、不老長寿マラソンコースを走ってみる。1時間30分59秒だった。タカシ君とほとんど同じタイムだった。
さすがに暑い。まだ夏だ。コースのウシビタが熟れている。
涼吉は厚紙で飛行機を作っては飛ばしている。
五時の便で柳井に行く。ユウベエのアパートに泊まる。
「秋がすぐ 近くにいるとの 伝言を
旬の魚に 託し届ける」
八月二十四日(金)晴
病院に行って胃カメラを飲む。胃は異常なし。
徳山で、涼吉用に「子供の科学」を買って帰る。
帰りの「いわい」で秀人君と一緒になる。
おらが夏休みも終盤に差し掛かった。日差しが強く、台風も来ないで、稲はきっと良い実りを付けているだろう。おらも結構日差しを浴びたので、それなりの実りを付けたいものだ。
「稔るほど 稲穂は垂れて 充ち足れる
島の棚田に 稲刈り始まる」
八月二十五日(土)晴れ
秀人君と室積にカヤックで向かう。8時出発。
牛島までの間でカツオが一匹。ボウズイオ(スナメリ)も2匹いた。20m前を通る。息をする音が良く聞こえる。
牛島によって包丁を買い、尾島で昼食。カツオの刺身で海の旅行気分が出る。尾島を12時過ぎに出発。象鼻が崎でヒラマサとヤズが釣れる。ヤズは何か大きい魚にかぶりつかれていた。多分ハマチだろう。
室積海岸に2時前に到着。カヤックを解体して、秀人君のところでシャワーを浴び、くつろぐ。
牛島の家並み | 古い方の港 | 海岸通り |
尾島 | 尾島上陸 | 尾島で昼食。カツオで乾杯 |
室津に出て、「いわい」で帰る。なかなかいい気分で帰ってきた。
「瀬戸内の 小島の浜に たたずんで
いにしえの海 往く人を想う」
八月二十六日(日)明け方少しの雨のち晴れ
朝、久しぶりのコージロの釣り。
魚が集まってきた様子である。
吉松さんが映画作りでやって来た。トラックを調達。
昼過ぎ葬式に出る。
夕方、涼吉とウシビタを鶏に山に行く。1kgあまり採る。
夜にウシビタのジャムづくり。
木の実を採る | 熟れたウシビタの実 | 出来たジャム |
夜、涼吉は、大阪の子供の中に入って花火をする。
うしびたを採る頃には、ツクツクホウシが鳴き始めるように思うが、今年はまだ鳴いていない。暑い夏は、ウシビタが熟れるのが早くて、ツクツクホウシが現れるのが遅いのだろうか。おらの勘違いか。
「ウシビタに 重なる声の 共にある
ツクツクホウシ 暑さに遅れし」
八月二十七日(月)晴れ
朝、釣り道具を作る。
コージロに釣りに出る。作った釣り道具を忘れる。
チダイ3匹。ハマチが来るが古い釣り道具なのですぐ切れる。
ヤズ漕ぎをする。運良く3匹釣れる。この時期にしては大きいヤズである。
健洋丸にハモを貰う。イケマに生かしておく。大漁だ。
涼吉は一日中、大阪から来た、自然教室の子供さん達と遊ぶ。
ユウベエは宿題をがんばっている。おらは宿題を質問されては困っている。
ナゴジローは昼寝をたっぷり味わっている。
「ひさかたの 空の青さに 誘われて
秋の気配を 沖に味わう」
八月二十八日(火)晴れ・薄曇り
朝のランニング、おらはさぼる。
大阪の自然教室の人たちが帰るのを見送る。涼吉は室積までやっちゃんと清水丸に乗って、見送りに行く。
ヤンマーでお別れ | 清水丸で「さようなら」 |
「おらがトライアスロン」実施の日。
給水所に、小さいペットボトルを置いて準備完了。
出発は西の波止。10時の予定が10時45分頃になる。
水泳約1q、自転車約40q、ランニング約10qのコース。
水泳は今年は好調で、到着が19分台。これは記録的だ。凪でもあったし、今年は良く泳いだからでもあろう。
自転車は、ろくに練習もしていなかったせいか、遅くもあるし、漕ぎ終わった後のくたびれがひどかった。水泳も合わせて、2時間02分。
ランニングは、自転車のくたびれと、ろくに走ってないことが合わさって、なかなかせんなかった。ランニングだけで1時間09分。合計タイムが3時間11分00秒だった。
今回の「おらがトライアスロン」反省点。
水泳は、タカシ君の、「イアンソープの泳法分析」を思い出しながら泳いだのが良かった。
自転車は道路の継ぎ目の食い違いが、以外と肩に響いた。腕を置くところにクッションでも置いたら良いかもしれん。それと腕を置くところのねじがとれているのを補修しておくと良い。後は、もう少し練習した方がよい。けつがいたかった。
ランニングは、もう少し走り込みが必要。でもスローペースながら歩かなかったのは大変良かった。朝食を多めに食べていたからだろう。去年は腹が減って困ったように思う。
去年の記録を見てみると、以外と今年の方が去年よりいい。去年は復活したばかりだったからだろう。
夕食は、昨日貰って生かしておいたハモの湯かけ。ハモは、しめても、動き回る。
おらが家族みんなに、ハモの湯かけは好評だった。
貰ったハモ | ハモの湯かけ |
夜、離島フェアの「島自慢リレー」の打ち合わせ。敏君、やっちゃん、涼吉、おらの四人会議。
「走ったり 泳いだりの 夏休み
秋来たりなば ハマチなやさん」
八月二十九日(水)晴れ
子ども達と裕子、朝のランニングに行く。
涼吉、アジ釣りの釣り道具を作る。おらもタイ用の釣り道具を作り直す。
裕子おばさんは忘れていた、マラソンの時使ったビワ茶用のポットを洗って仕舞う作業。
夕方、「島自慢リレー」の第2回四人会議。やっちゃんと涼吉、斎幣と剣櫂を踊ってみる。
終わった後、釣りに出る。
涼はアジサガリで、どの色がよく釣れるか実験。おらは鯛サガリでやる。
結果、赤色に4匹と緑に1匹のアジ。おらの鯛サガリにはアジが5匹くらいと、最後に鯛が1匹。いい形の鯛で1sは超える。この夏休み一番の鯛だ。
「夕まじめ 潮の変わり目 さざ波に
気持ちのはやり 魚の囁き」
八月三十日(木)曇りのち雨 久しぶりに東風、波あり
朝、おらも久しぶりにランニング。やっちゃんと陽子ちゃんは風邪気味とのこと。
おらはトライアスロンのフカヤがまだ抜けきれないで、ゲッツー(ビリ)。
走った後、裕子おばさんは、昨日洗って置いたビワ茶ようポットを倉庫に片づける。
九時頃から雨で、一日中続く。
俊君に電話して、明日の離島フェアに同行を以頼。
秀人君も同行するとのこと。祝島の人、約十人参加予定。
夕方、久しぶりのアジの刺身作り。
「秋桜の 咲く道ばたに 珍しく
鼻繰りの方より東風が吹く」
八月三十一日(金)曇りのち晴れ
五時起床。六時から清水丸に荷物を積んで、離島フェアに出発。鼻繰り前で、涼吉の剣櫂を忘れているのに敏君が気づき、引き返す。
町の職員さんの車で運んでもらい、きらら博の会場に到着。
打ち合わせなどもすました頃、秀人君が到着。
11時20分過ぎに、出番。無事終了。敏君がホーランエーを歌い、かけ声を俊君とおら、やっちゃんと涼吉が踊る。島のおばさん達も一緒にかけ声を出してくれたそうである。涼吉の衣装を着るときは、正本のおばさんに手伝って貰う。
盛り上がったようだ。やっちゃんと涼吉はYAB放送の取材を受ける。放映されたようだ。
敏君はクイズの出題者にもなっていた。俊君は綱引き要員。秀人君はデジタルカメラで撮っていた。
四時過ぎに秀人君の車に乗せて貰い、会場を出発。途中下松のSAで休憩。7時40分頃に祝島着。
ユウベエは柳井に行っている。明日からまた高校生として、柳井の一人暮らしが始まる。
その後、夏休みの終了を、惜しみながら、仕事の同僚と焼き肉で一杯。
今年も、まずまず充実した夏休みを送れた事を、おらが周りの自然・人・気候・風俗・思い出の中に生きている人等に感謝しよう。
夏休み最後の収穫 | 生産活動の証し |
「ヤズの涌く 瀬戸の海から 気まぐれの
夏の終わりを 便りに載せる」