「忍者学校1年甲賀組お雪」
唐黍狐音十郎は今日も機嫌が悪い。 なぜなら 今朝のチラシにお目当ての家電品のそれが なかったからである。 これは安いとか 目玉商品にするには値引きが甘いな、などと チラシ評論家としてひととおり批評をするのが 何よりも楽しみという 安上がりな趣味である。 ウィンドウショッピングならぬチラシショッピングというところか。 散歩道で ふと立ち止まる。 懐かしい。皆さんもご存知だろうが 忍者学校は児童公園の交差点を北に緩やかな坂を上り 少し西に入った楽園タウンの丘の上にある。 いや 正確には あった。 今ではごく普通の市立中学になっている。 この道を歩くたび あの頃を思い出す・・・・・。 「唐黍センパ〜イ!か・ら・き・び・センパ〜イ!」 「あっ お雪ちゃん」 「唐黍先輩 待ってくださいよ〜!」 「何?」と無理に無愛想に答える狐音十郎であった。 「あのぅ〜 先輩 もしよかったら付き合ってもらえません?」 狐音十郎はうろたえた。「あ あっ」 最近の中学生はなんとストレートにこういうことを・・・ と 思うまもなく お雪が言った。 「手裏剣ショップですよ〜」 「あ〜そう〜」 狐音十郎はちょっとがっかり、お雪はちゃっかり。 「いいんですか〜 じゃぁ決まり〜!」 二人で歩き出した。学生街を過ぎるとバス通りにたどり着く。 この頃から学生達のよく行く手裏剣ショップは 商店街の「みどり手裏剣」であった。 このお店の売りはなんといっても社長とその奥様の優しい笑顔と 美しいお嬢様 そしていつもお店に来ている素敵な彼。 店内にはいつもゴキゲンなサウンド(死語か?)が流れていた。 学生達はその雰囲気が好きで 知らず知らず集まっていたものだった。 「唐黍先輩 私 迷ってるんですけどどっちがいいと思いますか?」 「どっちって?」 「12cm手裏剣か 8cmシングル手裏剣か、ですよ〜」 「あ〜そのこと、お雪ちゃんは女の子だから8cmシングルでも良いけど 最近は12cmのマキシ手裏剣てのもあるらしいから それがお勧めかな。」 狐音十郎は先日チラシで仕入れた情報をひけらかした。 やはりチラシは役に立つ、心の底からそう思った。 何でも新しい物好きな性格の狐音十郎だが 最近はパソコン関連のフレーズに弱い。だから失敗もある。 つい先日も「時刻表のデスクトップタイプ」あれは結構邪魔だった。 「パソコン型ノート」も気に入ってはいるが、 A4サイズのただのノートである。 数々の失敗にもめげず狐音十郎のチラシ好きは止まらない。 忍者学校といっても 見た目はごく普通の学校で 朝一番に 先生が教室正面の「黒板どんでん返し」から 現れる以外は特別変わった所はない。 考えてみると お雪ちゃんはまじめな女子中学生で 一年生ながら すでに忍者免許も 仮免までいっていて 「路上」で「木の葉がくれ」や 「ナナフシの術」まで披露してくれていた。 ほとんど免許皆伝の腕で いつもマロンという大きなウサギに 乗って通学していたものである。 授業中ずっと校庭で遊ぶマロンちゃんとポンちゃん。 お雪ちゃんはいつもぼんやりとそれを眺めていた。 あの頃を想うと またしても走馬灯のように仲間の顔ぶれが・・ 泥武威泥音楽映像盤収集倶楽部のタカ先輩はいつもみんなに優しく接して 後輩女子達の憧れの人だった。いまでもHP仲間の間で 「一緒に『ウルトラQ』を見たい男性bP」に輝いている。 お雪ちゃんの周りには いつも楽しい仲間が集まっていた。 あの頃は 何にでもなれる気がして 何でもなくって 学生服の下に地球のイラスト入りのTシャツを着て登校しただけで ドキドキして 俺も随分「悪」になったものだと悦に入って 廊下のガラスに映る自分に見とれていたものだった。 とにかくみんな若かった。 店を出て バスターミナルに向かう二人にこのあと大変な危険が 待ち受けていようとは知る由もなかった。 狐音十郎は お雪にそっと耳打ちした。 「尾行られているよ」 「うん」うなづくお雪。 伊賀か?甲賀か?敵か?味方か? 狐音十郎は思った。 お雪ちゃんの買った「手裏剣」が目当てか? あれが初回限定版と知っての狼藉か? そのとき 二人をかすめるように手裏剣が飛んできた! ひらりとかわすまでもなくそれははずれた。 「お雪ちゃん! この手裏剣 伊賀でも甲賀でもないよ! それに価格シールがついたままだし・・・」 「ほんと ずいぶん安いですね〜 手頃な大きさだし値段もいい。」 「根来衆か?(値ごろだもん)」 お雪は倒れた。攻撃と関係なく倒れた。 「先輩! 逃げましょう!」 二人はとにかく走った。 大丈夫だ。お雪ちゃんも用心深く忍者バッグを斜めがけにしている。 普通の引ったくり防止にも有効だが こと忍者戦となるとますます これが幸いすることになってくる。 二人は走った。ひたすら走った。 ここは廊下ではない。思い切り走れる。 その時 携帯が鳴った。 「お雪ちゃんの携帯?」 「そうです!。」バッグから携帯を取り出すお雪ちゃん。 マロンちゃんの可愛い人形がついたストラップが揺れている。 「あっメールだ!」 「誰から?」 「そんな〜! これ変ですよ〜!」 「何が?」 「だって唐黍先輩からなんですよ!」 確かにおかしい。狐音十郎は携帯を持っていないし パソコンは不調で壊れたままだ。 電話も 少しずつ流行のものに変えているが いまやっとテレビでもCMをやってる「次世代黒電話」ダイヤル式である。 まだ契約しただけで取り付け待ち。 可愛い花柄の電話カバーだけはすでに用意してあるのだが。 そんなことはともかく 今のメールの件に戻ろう。 「「助けて!」って書いてありますよ。」とお雪ちゃん。 「なっ なんで〜?」と焦り 名古屋弁になる狐音十郎。 「これ見てくださいよ。2002年って書いてありますよ!」 「三十年以上も未来から?」 「はいっ」 「でも 未来の自分に出会ったりしたら 七人の敵がいるとか・・・」 「あのぅ 何か違いますよ! それをいうならどちらかが消滅するとかいうのですよ・・・」 「あっ そうそう・・・・」というが早いか狐音十郎は 段々ぼんやりしていった。 「あ〜れ〜!」 「このなかでおとなしくしててくださいね!」 と自分の携帯に話しかけるお雪ちゃんの視線の先には カラー液晶で くっきりと狐音十郎が待ち受け画面になっていた。 お雪はつぶやいた。 「とうとうこの時が来たのね・・・」 いろいろな機能が当たり前の携帯だが お雪がまだ一度も使ったことのないボタンを押すときが来たのだ。 未来の狐音十郎が助けを求めている。 先ほどの追っ手も決して無関係ではないはずだ。 「メールにあった 赤いマグカップ ってなに?」 未来に行けばきっと何かわかる。 急がなくては・・・思い切ってお雪はボタンを押した。 遠くでお雪のお気に入りの着メロがなった気がしたが この時代の誰にも聞こえなかった・・・・・・・・・ つづく?
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