祝島日記 2007年11月 10月の日記へ

11月1日(木)  晴 西風
 文化祭の練習で部活は休み状態。
 ハマチを上げて刺身をお裾分け。
 夜ダンディースの学校でのギター練習日。


11月2日(金)曇り 凪
 昼の出張先で田布施時代の同僚の有田さんに会う。20年ぶりくらいである。
 ユウベエ柳井に帰ってくる。アジとヤズの刺身。
 ユウベエの初めで最後であろう授業体験のVTRを見ながらの晩餐だった。


11月3日(土)晴 北風
 朝少し早起きをしてコージロで釣りをする。いつもの所には魚が少ない感じの海だった。少し離れたところでマルアジの群れがわいていた。サガリを降ろすと2つ釣れた。それだけで群れは逃げていった。昼過ぎ2時まで釣っていたが、結局鯛2匹、ヤズ1匹と、マルアジ2匹だった。
 大島に哲ぼんさん達がキャンプ。帰りに寄ってみる。タープを立てているところだった。
 ダンディーズの本番前日ギター練習があった。途中キャンプに寄ってみると4人揃っていた。ギター練習は熱心で一夜でだいぶ上達した。帰り道は風が強かった。


11月4日(日)晴 北風
 文化祭。感動的なシーンがたびたびあった。しんちゃんは大活躍だった。沖浦中の生徒は本当によくやる。おらも緑のジャージでちょっと出演した。さすがにおらは生徒に間違えられることはなかったが、アンチャンは生徒に間違えられかけたようだ。おらにもう少し髪があったらわからない。
 ユウベエは昼前に帰って行ったようだ。


11月5日(月)曇りのち雨 東風
 石材屋さんに行って、柳井石のことを聞く。千葉の石井さんから柳井石の所望があったのだが、動きが遅くなってしまった。さすがに石材屋さんは知っていた。「山口の岩石」という本にはそれらしい石の写真があったのだが、「柳井石」とは出ていなかった。石材屋さんによると、今はもう柳井石は切り出していないと言うことである。昔の墓石などに使われていたようで、その破片をいただいた。緻密な花崗岩である。山の方の他に(小川)を歩いてみたが、見つからなかった。浜の方も行ってみたが、なかった。池の浦の方まで行かないと自然の浜は無い。祝島にも近い岩石はありそうであるが、あったとしても多分少ししかないだろう。石でも色々と考えるとなかなか面白い。昼からは雨だった。帰ってちょっとしたら、久しぶりに、文彦君がサツマイモの旨そうなのをぶら下げてやって来た。ムラサキイモと、ベニアズマである。 
 夕方ヒロコおばさんとちょっと買い物に出た。


11月6日(火)雨 風有り
 昼過ぎまで雨が降る。部活の時は止んで、4kmあまり走った。
 土曜日の残っていた魚をお裾分け。柳井に帰って、ヒロコおばさんの、スーパー買い物帰り、を拾う。


11月7日(水)晴 凪
 いい天気だった。部活で6kmあまり走る。帰りに中谷商店で大島のミカンを買う。下関から旨そうな食材が届く。


11月8日(木)晴れ 凪
  昼休みにドングリを拾う。理科で使う予定だったが不都合であった。


11月9日(金)晴 凪
 出張で油田小に行く。子供の作ったドングリクッキーを初めて食べた。生き生きとして祝島の子供と共通するものを感じた。
 帰りに三蒲の海岸を1時間ばかり歩いた。球状花崗岩を探したのだが、家に帰って確認すると、あるのは椋野の方の海岸だった。また何時かにお預けである。


11月10日(土)晴れ 凪のち西風
 短縮マラソンで生徒と一緒に東和の陸上競技場に行く。かずき君としげき君がいいベストタイムを出した。
 五月丸で祝島に向かう。祝島では「地球船祝島丸進水式」があった。間に合わないので途中釣りをして帰ったのだが、敏坊さんが電話で呼んでくれて、宴会には出席して、ご馳走やいい話などをいただいて一時頃までお邪魔した。


11月11日(日)晴のち曇り少し雨 西風
 西風が強いので釣りに出ず、ナガイソの草刈に精を出した。ソラマメを十粒植えた。今年は西条柿がポツポツなっていたのをもいだ。
 3時すぎに祝島を出た。途中カモメが騒いでいたので、心がつられて騒いで西波の中を少しだけヤズ漕ぎをしてみたが釣れなかった。
 柳井に帰って、ヒロコおばさんとウォーク&ラン。ヒロコおばさんは4kmおらは5km。


11月12日(月)晴れ 西風のち凪
 ゆっくり通勤。部活はシンちゃんの科学発表の練習をした後で、遅れたのでシンちゃんと少しだけ走る。シンちゃんは明日の県の科学発表会に大島代表で出るのである。



11月13日(火)晴 西風
 まさし君と釣りの話などをする。まさし君は相当な釣り好きなのである。
 終わって2kmくらい走る。ウオーミングアップ不足で脚が痛くなる。


11月14日(水)晴 西風
 朝早くバリウムを飲んで仕事場に向かう。
 今日はシゲキ君と話をする。生き生きとした眼の持ち主である。理科などの話をする。さっぱりした性格で走るのが速い。韋駄天小僧である。
 下関の寿司飯を基に鯛のにぎり寿司だった。なかなかの美味だった。


11月15日 (木)晴 凪
 部活で5kmくらい走った後、ヒロコおばさんとウオーク&ランを3kmあまり。


11月16日(金)曇り 凪
 暗い日和だったが雨は落ちなかった。部活動で4kmくらい走る。肴は鍋。
 完全にバリウムは体の外に出て行った。体は軽くなったような気はするが脚は少し痛い。
 リョウキチは模擬テストが始まったようである。
 ヒロコおばさんの話では、リョウキチがほかの人の勉強時間を聞いて焦っていたそうであるが、「僕も頑張るから」といって「夕食後にしっかり勉強して、10時に寝る」と気合いを入れて言ったということで、今度はヒロコおばさんが焦っているようだった。
 明日は凪のようなので釣りをして祝島に帰る予定である。


11月17日(土)晴 西風
 明後日が西風が強くなりそうなので、今日は五月丸で帰るが明日はいわいで帰る予定にして、柳井港に車を置いて、電車・バスで沖浦まで行く。
 午前中は凪を期待していたのだが、思った以上に西風が強く、コージロに行かずヨボシで釣ってみる。釣り船は遊漁の竹宝丸だけが掛かっていた。チダイ2匹。昼前に帰り、午後はソーヅイに行って道の草刈りを2時間余りする。何とかバイクで通れるようになった程度である。草刈り機は順調である。不調だったときはどうもオイルの分量が多すぎだったようである。
 ソーヅイに行くときコソーヅでハミをとる。道ばたで日なたぼっこをしていたようなのだが、ハミを見るとやはり殺してしまう。ハミには悪いことをしたが、運が悪かったとあきらめて貰おう。帰ってから皮を剥いで干しておく。
 夕便でヒロコおばさんも帰島。部屋の中などを片づけていた。年賀状も仕入れてきていた。年の暮れが近づいてきた感じである。
 カヤックの覆いにするシートを適当な大きさに切っておく。明日くるむ予定である。


11月18日(日)曇り 西風
 西風が強くなり冷たくなった。朝、ヒロコおばさんとカヤックをシートでくるんで置く。
 タカトオに行く。春の七草のはこべが咲いていた。盛りは野菊とツワの花である。草刈りをしながら畑の所まで行った。たどり着いて作業終了。春までには道らしくしようと思う。ソーヅイもそうだが、道がなかなか通りにくくなってきたのである。今年から来年の西風の日は、まずタカトオ、ソーヅイの道作りだ。
 ヒロコおばさんは朝市に行ったようだが、もう終わっていたようである。売り切れていたのだが、無理を言ってちょうちゃんからハムとソーセージを買ってきていた。
 留守の間にヤズが置かれていたそうだ。浜栄さんからだった。
 二人で昼便で柳井に帰る。
 夕方ヒロコおばさんとウオーク&ラン。ヒロコおばさんは祝島での定期検診の時の結果によると、コレステロールや中性脂肪が増えていたそうである。


11月19日(月)晴 やや凪
 部活で5kmあまり走る。干し柿が少し軟らかくなっている。ナゴジローから電話が久しぶりにあったようである。元気でやっているようだ。


11月20日(火)曇り 西風
 西風が強いようだった。おとといはもっと強かったからカヤック横断隊は相当きつい旅を続けているようだ。
 文彦君から電話があった。明日合流すると言うことだった。自分のカヤックを買って備えていたようである。
 部活で4kmばかり走る。
 学校の近くでこうじ君がウベの実を採ってきていた。


11月21日(水)晴れ 西風
 部活は最後の流しだけ参加。
 帰ってヒロコおばさんとイワタまでドライブ。
 文彦君はカヤック隊に合流して地家室で泊まると言うことだ。いよいよ明日は祝島である。


11月22日(木)晴 西風
 昼間はだいぶ西風があった。カヤック隊はハナグリ瀬戸を越えたようだ。文彦君から連絡が入った。文彦君は明日は関東に行くようである。結婚式とか言っていた。
 今日も帰りみち、いつの間にかライトの四つある素早い青い車に追いつかれた。
 寒くなったので発泡酒から焼酎に切り替えることにして麦焼酎の一升瓶を買った。家にはこたつが出ていた。


11月23日(金)晴 北風
 五月丸をこちらに持ってくるために、車を沖浦に持って行き、バス、電車で柳井港へ。難波のたか坊さんに会う。祝島に納骨に帰るそうだ。
 いわいでハナグリを通るときちらっと原さん達のカヤックが見えた。いつもより祝島発が遅かったようである。うっかり見過ごすところだった。
 コージロで釣るが、コダイが2匹。帰りに文彦君のメールに気づく。昨日は室津から片添いが浜までタクシーなどを使って車をとりに行ったようだ。いやあ気がまわらなかった。乗せていってあげれば良かったのに。
 夕方、光市民ホールに「六ヶ所村ラプソディー」をヒロコおばさんと見に行く。鎌仲ひとみ監督とも少し祝島の話ができた。昨日は祝島での上映会があって、おばさん達が大勢集まったそうである。元気のいい歓声や拍手があったと言っていた。
 祝島も光も上映実行委員長は堀永さんで、秀人君も実行委員として活躍していた。チエさんにも久しぶりにあった。たくさんの人に見て貰いたい映画である。


11月24日(土)晴 少し北風
 朝から五月丸で釣りに行く。コージロに行ってすぐ、引き潮にまあまあのタイが1匹釣れる。さい先がいいと期待したがその後満ち潮に変わっても全然釣れない。その後カミカドに行く。いいタイが釣れた。2kgを越えるのが2匹とまあまあのタイが4匹、イサキ1,小ハゲ1で、十分の釣果。
 沖浦に着いて五月丸をつないだ所にしんちゃんがひょこっとのぞいたので1匹あげた。


11月25日(日)晴 凪
 屋代湖駅伝にダンディーズチームで参加。4区の2.7km区間である。おらは去年より少し遅いペースだった。1kmあたり4分18秒である。去年は2.2kmコースで、調べてみると1kmあたり4分02秒だったのだ。
 今年はダンディーズチームは2チーム出場した。
 閉会式が終わった後、五月丸にいってみると2kg級のタイが死んでいた。祝島に給油に帰ることにして、途中死んだタイを海に流そうと思ったが、まだ色が赤みを持っているので頭とはらわただけ落として体部分はとっておいた。祝島で給油をした後、家から塩をとってきてタイにまぶす。カミカドで釣ってみるが全然釣れない。月が高くなるまでモイカを掛けてみるがモイカも掛からず。帰る途中ヒロコおばさんに「ズンズラです。」とメールを送ると「何があったのか?」と返事が来る。ズンズラはスラ(漁が0)というのを少し強調したものなのである。スラのことだとヒロコおばさんに返事を送るとわかったようだった。ズンズラには二つ意味がある。五月丸が水を切って進むとき時々夜光虫の多いところがあり、光ってきれいである。なかなか写真には写らない。月明かりがあると写真に撮れそうである。
 0.7kgくらいのタイを明日のおかず用にあげる。(あげるというのは「船からあげる(持って帰る)」という意味)


11月26日(月)晴 凪
 午後出張。しんちゃんのお父さんからタイのお礼を言われる。お父さんがさばいたようである。フルコースで旨かったと言っていた。
 おらの家はタイのにぎり寿司だった。死んでいた鯛も少しネタにしてみるが、味はやはり落ちる。


11月27日(火)曇り 凪
 大島の紅葉が進んできた。ハゼの赤からシイのなかまの黄色までなかなかきれいである。
 30分ばかりヒロコおばさんとウオーキング&ランニング。
 マルタイ(死んでいたタイ)をしめダイにしてみたが、それなりに旨い。リョウキチはシメサバの方がいいという。活きが良ければそりゃあタイも旨いだろうが。


11月28日(水)晴 朝一時強風 
 宴会の時、送ってもらった車代を魚で払うといいながらずっと未払いが貯まっていたので、少しタイで払った。
 ヒロコおばさんからメールが来たのて見ると、竜崎に哲ぼんさん&みっちさん達と来ているという。厳門や大島の紅葉見物などを堪能したようである。帰りに沖浦でヒロコおばさんをワゴンR号からディアス号に移しかえて、哲ぼんさん達は広島へおら達は柳井に帰る。


11月29日(木)曇り 凪
 夜、集まりがあるのだが、時間まで間があるので久しぶりに漁具店に言ってイカの餌木を買う。


11月30日(金)晴れ 西風?
 仕事から帰って、岩田までヒロコおばさんとドライブ。帰りにランニングコースに寄ってウオーク&ランニング。今日は奮発して30分余り頑張る。
 夕食は鍋。
 明日は凪なら祝島へ帰ろう。明後日遺跡の見学が祝島であるそうなのだ。


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