祝島日記 2008年9月 8月の日記へ


9月1日(月)晴れたり曇ったり 凪
 第一月曜日で休診日。
 頭が重く10時頃までごろごろ。
 10時過ぎからパソコン業務。
 山口と千葉にハマチと庵治などを送る。
 午後満ちを釣りに出る。鯛1kg級とハマチ2kg級を2匹、アジ10匹くらい釣る。
 漁協でおもりや釣り糸を釣る。
 疲れのある一日。


9月2日(火)晴れたり曇ったり 凪
 昼間はぬくかった。
 診療所20人足らず。今週は少なめの予想。
 夕食はヤズの刺身、エビの茹でたのと天ぷら、サザイ、アジの南蛮漬けと結構重厚。


9月3日(水)晴れ 凪
 朝、ナガイソに行って小さい梨数個などの収穫。空気は秋の感じ。
 診療所20人足らず。レセプト準備をするが手こずる。今週は頭の格闘だ。
 夕方ユミちゃんが来て話していく。ゆみちゃんは祝島の色々なことを知っている。親戚について色々話が出た。聞くほど親類は広がるのである。録音しないとすぐ忘れる。親類がすぐ他人になってしまうわけである。


9月4日(木)晴れ 凪
 原さんが朝日新聞に載っていた。広島から山口まで歩くという記事。秀人君の姿も写っていた。
 かずちゃんにアジを持って行ってあげる。この前はエソのすり身を持ってきてくれたのである。
 診療所は40人足らずの来診。40人になると時間中に脳みその休息はほとんどできない。
 残業してレセプトを印刷する。ヒロコおばさんも手伝ってくれる。


9月5日(金)晴れ 凪
 少し早めに出て、印刷しておいたレセプトを綴じた。昼便で送る。
 先々週の金曜日は来診が多かったのでそれなりの心構えが必要かなと思う。
 予想通り多かったが、午前より午後の方が多かった。46人。
 来診者が30人くらいだと、仕事をしたなあ。という感じで、20人だと余裕があり、日ごろやれない細々ができる。と言うところで40人になるとなかなか忙しかったなあ。45人を越えると、いやあなかなか大変な一日でした。と言うところである。


9月6日(土)晴れ 凪
 朝釣りに出る。小潮になったが、コージロでハマチが一匹来る。アジは1ダースくらい釣れる。チダイが珍しく釣れる。やってきたようだ。
 昼から芋のサトムスメを掘ってみる。日照りと固い土に負けないで生き延び育ったのが穫れた。アメリカ芋はタメシに掘ってみると余り育っていない。肥やしがたっぷりないと育ちにくい品種らしい。17日くらいが掘る目安の日なのであるがもっと置いた方が良さそうである。
 夕方も釣りに出てみる。アジが少し。かなりのタチが釣れ、切られないで一匹捕れた。1回は切られた。タチもやって来たようである。


9月7日(日)晴れ時々曇り 凪
 朝釣りに出て、そのまま五月丸で室津に行き、ディアス号で柳井まで行く。魚を持って行き、コウジ君とキョウコさんに会う。笑顔のみゆうちゃんとゆいかちゃんに久しぶりにあった。あんちゃんとリュウイチロウ君には残念ながら会えなかったが、電話で話ができた。
 主にナフコとデオデオで買い物をした。アパートによるとナゴジローとリョウキチの置き手紙があった。ナゴジローからのヒロコおばさんへの誕生祝いが置いてあった。コンビニで点を貯めて貰ったスナフキンのコップである。
 柳井で夕立風の雨があった。車での帰り道ヒロ君達の運動会に寄ってみた。道のすぐ近くでやっているので気がつき、行き過ぎたあと引っ返したのだが、最後の種目だけ見れた。ソーラン節をやっていた。ディアス号での室津までの帰り道はソーラン節をうなった。
 五月丸での帰りは潮が動かないだろうと思い、釣りをしないでそのまま帰った。
 キョウコサンが気を遣って買ってくれたケーキ風の菓子をヒロコおばさんが仏壇に供えた。明日からのおやつに備えて。


9月8日(月)晴れ 凪
 月曜で来診は予想通り15人程度。余裕があり細々をパソコンで整理した。
 木村のまあちゃんに穴子と冷凍の蛸を貰った。おら特製の穴子は漬け焼きにした。ヒロコおばさんは塩焼きを作ってみた。珍しく肴に刺身無し。
 今週は夕方の潮が悪いので金曜まで釣りに出ない予定である。
 祝島は雨が欲しい。


9月9日(火)晴れ 北風
 来診45人前後。
 夕方穴子のつけ焼きをした後泳ぐ。400mたらず。座骨神経痛で陸上での運動ができないので水の中での運動をすることにした。腹筋、背筋の弱まりが神経痛に出てくることも考えられる。水泳で強化だ。海辺で寝そべって空を見上げるのは精神的にも良い。ほぼ上弦の月が上にあった。


9月10日(水)晴れ 凪
 診療所は午前中忙しかった。
 夕方、ナガイソに行ってヤイナリの熟れたのを採って帰る。梨も数個。
 アジを五月丸にとりに出るとかなり死んでいた。水温が高いからか。
 肴はアジ刺。刺身を造った後水泳400m。


9月11日(木)晴れ 凪
 診療所は午前忙しかったが、一日では平均を少し越えるくらいの人数。
 刺身造りの後水泳400m。月がかなり丸みを帯びてきた。潮が良くなってきたことだろう。泳いでいるとタッチャン達がヨボシの釣りから帰ってきた。いつもより早い帰りである。後で聞くと、タチが出てきたので急いで帰ったようである。
 晩にタッチャンがイチジクを持ってきてくれる。きれいなイチジクである。この前、おらがイチジクを好きなのに一個も採れない、と言ったのを憶えていてくれて持ってきてくれたのである。昨日の県庁での話も聞かせてくれた。


9月12日(金)晴れ 凪
 診療所は20人余り。
 夕方、タチは釣れないかとヨボシで暗くなるまでやってみるが釣れなかった。


9月13日(土)晴れ 凪
 朝カミカドで釣る。ハマチが一匹。死にそうなのでしめる。すぐ帰ろうかと思っていたがついつい1時間ばかり釣ってしまう。鰺数匹とイサキが一匹だけ。
 五月丸でさばいて持って帰る。
 午後も釣りに出る。夕便で出るので早めに帰る。アジを1ダース程度。
 夕便でヒロコおばさんと出る。柳井にナゴジローが帰っているので一緒に夕食。ナゴジロー元気そうである。
 おらは明日は沖浦中の運動会を見に行く予定である。


9月14日(日)晴れ 凪
 良い天気である。沖浦小中の合同運動会に行く。半年見ない間に男子生徒は大きくなっている。沖浦地区は元気である。マリちゃんに久しぶりにあった。おらがホームページを見てくれているようである。生徒が主役だけと゛マリちゃんは準主役レベルである。おらは3年間勤めた準備係の控え場所でずっと過ごした。キョウコサンもアンチャンもコウジ君も役目に精を出し、子ども達もそれぞれの係で一生懸命はたらき、出演、出動し、小中最後となる運動会を盛り上げていた。想いのある運動会だ。紅組団長のマサシ君はけがをしているという。昼飯はディアス号でコウノさん(元コッコー長屋の住人)を隣にして食べた。
 西村さん、木村さん、大島さん、中山さん、土井さん達も話しに来てくれて沖浦を堪能した気分である。。
 おらは開会式から閉会式までいた。
 柳井に帰ると、リョウキチとユウベエも帰っていて、久しぶりに家族5人揃った。1年半ぶりである。
 病院にマサシ君の見舞いに行った。偶然同じ部屋に祝島のスッチャンが入院しているのである。一昨日タロクさんから沖浦の子どもがいると聞いていたのだが誰かわからなかったがマサシ君だったのだ。スッチャンと仲良しになっているようだった。
 病院から帰り、久しぶりにアパートで夕食を5人で食べて、19時過ぎの電車で広島に帰るユウベエ、リョウキチを柳井駅で見送る。
 今日は色々な人に出会ったにぎやかな一日だった。


9月15日(月)雨 南風
 夜明け前に強い雨の音がしていた。祝島も降っていそうな雨の音だった。
 大和病院にヒロコおばさん、ナゴジローと3人で行く。
 帰りに買い物をして、夕便で帰る。ナゴジローは所用で柳井に残留。
 今日は弱いが一日中雨。祝島にも降っていた。畑の潤いにはなったようだ。
 台風が沖縄の方にいる。向こうは大変だろう。


9月16日(火)晴れ 凪
 朝、友栄が来て五月丸を中の波戸に回すと良いと言いに来てくれる。台風避難である。
 昼の帰りにひいちゃんからなすびやオクラを貰う。帰ってみたら貝飯をつちだにさんが持ってきてくれていた。
 夕方五月丸を中の波戸に回す。
 千葉の勝田先生から新米がどっさり届いた。


9月17日(水)雨 凪
 一日中降ったり止んだりの天気だった。
 夕方長磯に梨をとりに行く。小さいのが10個くらい採れた。小さいが味は良いのである。
 1kmくらい走ってみる。神経痛で少ししびれがあるけど少しは走れる。


9月18日(木)曇り 北風
 しんづなを張るという放送があったので中の波戸にでてしんづな張りの手伝いを少しして仕事に行く。ハナブサさんも来ていた。
 診療所は久しぶりに一日とぎれなく来診があった。
 台風は北風台風(きただいふう)だろう。
 夕方、五月丸に行ってみると綱を張り増してくれていた。アジが2匹残っていたのを上げて刺身にする。その後泳ぎに出て300mくらい泳ぐ。ゆっくりバタフライもやってみる。
 山口の山本先生からきれいな葡萄が4種届いた。
 台風は明日早く四国沖を通過するようだ。
 夜、大山口中学校多分第三期(二期かもしれない)卒業生の同窓会があるという電話がユウジ君から掛かってきた。多分卒業して27年目である。行くと応えた。


9月19日(金)曇りのち晴 凪
 台風の風はほとんど吹かず、四国沖を通過。
 しんづなを外すと言う放送が出勤前にあって、五月丸の綱を外しに、ちょっとの間出た。
 祝島は町の役場(議会)に抗議行動に行き、静かな午後だった。祝島にとって原発は本当に死活問題なのである。これほど反対している島の人の目の前に原発が立とうとしているのである。これほど自立し、真剣に生き方を考えている島の人たち(町民)を無視し・苦しめ、安易な補助金頼みでのうのうと一時をやり過ごそうとする町長・議会を養っている上関という町は恥ずかしい町だとつくづく思う。おらもその町の住人である。上関町民であることはつくづく恥ずかしいが、恥ずかしい行動は慎んでしっかり島民として生活したい。ヒロコおばさんもニュースを見ながら憤慨し、「議員を正面から撮せ」とか声を少し荒げていた。
 暗くなった頃、タッチャンたちが上関から帰ってきてヒラギを通る声がした。ご苦労様。
 診療所はいつもの三分の二くらいだった。


9月20日(土)晴れ 凪
 ヒロコおばさんは大和病院やその他の支払い(おらのメガネの支払い)などに出る。
 おらは中の波止から五月丸を出し、そのままコージロに釣りに出る。
 べた凪の朝だった。
 チダイ5匹くらい、鰺30匹くらい、鯛3匹、ハマチ2匹。昼前に帰る。
 午後、長磯に行き、残っていた最後の梨2個採って帰る。その後新米を炊いて寿司を造り鯛と鰺でにぎり寿司を作る。ヒロコおばさん夕便で帰り、にぎり寿司を喜ぶ。リョウキチの懸がいの写真を村岡さんから貰って帰る。以前みちこさんからももらった。有り難いことだ。
 夕方泳ぎに出る。300m。


9月21日(日)曇り一時雨のち晴 凪のち西風のち凪
 朝コージロに出る。昨日と流れが違い、くいが悪いが、一匹1Kg級の鯛が釣れる。その後カミカドに行く。ハマチが二匹釣れていたのだが、下の方は切れて捕れず、上のだけ一匹捕れた。2Kg級。急に暗くなり西の方から雨がやってくる雲行きで、カッパを着て待つと西風が先に着て雨になる。西風の中釣っているとアジが釣れたが、強まったので帰る。寿宝丸、哲宝丸も同時に帰ってくる。
  昼過ぎまで雨が降る。五月丸の片づけなどをして鯛の刺身を造ったりする。久しぶりに散髪にいく。その間に雨が上がり、晴れ間が出たので釣りに出ようとするが西風があるのでやめる。休養日になった。 


9月22日(月)晴れ 凪
 診療所、平均的。
 夕方アジ刺しを作った後、水泳300m。バタフライをゆっくり30m。海辺に寝そべって仰いでみると南の空に木星だろう光っていた。


9月23日(火)晴れ 凪
 彼岸の中日。朝釣りに出る。ハマチ1。鰺やチダイ少々。ハゲ1。運良く大きいタチが1匹釣れた。1kgで、しっぽがよく残っていたので長さが1m15cmあった。
 昼便でヒロコさん所用で柳井に出かける。2〜3日あちこちうろついてくる予定。
 おらは午後、珍しく墓参りをした後タカトオに行って芋を掘る。アメリカ芋は半分掘ったが、煮干しにする程度の芋は採れそうである。
 肴はタチとハゲの刺身。
 夜は8時に就寝。よく寝た。


9月24日(水)晴れのち曇り 北風
 午前中忙しかった。午後も多かった。朝は一気にやってくるので待合所が混むのである。計ほぼ50人。
 昼も夕も差し入れがあった。
 夕方タチの刺身などを造った後水泳500m位。バタフライは30m。寝そべってみる空は曇天。雲は小さい水滴だと中学校の授業で話していたなあとしんちゃん達の顔と一緒に思い起こす。
 夜中に小雨の音に目が覚める。芋を干していたのに覆いをする。すぐ音は止んだ。


9月25日(木)曇り 凪
 診療所、約40人来診。
 8月分の賃金が振り込まれた。日給月給制なので勤務日が少ない分、賃金も少ない。勤務日が少ない週は一日当たりの患者数は多くなるのでこれは理屈に合わない賃金体系である。
 夕方、タチやアジを刺身にしたり、しめアジを作ったりした後水泳。薄暗くなったので200m程度で終わる。奮発してバタフライは50mくらいやってみる。海に寝そべって見上げる空は雲が覆っていた。


9月26日(金)曇りのち晴れ 西風
 夜中にかなりの雨が降る。梅雨以来一番降った雨で、これで水は大丈夫だろう。
 ヒロコおばさん、朝便で帰ってくる。
 診療所は30人足らず。
 肴はタチとアジの刺身。 


9月27日(土)晴れ 東風のち凪 涼しくなる。
 朝は波があるので、魚(ハマチ、チダイ、鰺)をさばいたりする。
 昼から、ソーヅイに行く道、シラサキの向こうを少し草刈りをする。ジョロウグモが十重二十重に巣をかけていた。バイクで通れるようになる。
 草刈りから帰ってコージロに釣りに出る。最初に0.5kgくらいの鯛と鰺が2匹釣れたが、鯛はそれきり、アジは30〜40匹釣れる。
 空気が澄み、秋になった感がある。
 ハナブサさんが来て、11月に荒神様に行くことにする。


9月28日(日)曇り 北東風
 風があるので釣りに出ず。昼前から昼過ぎまでソーヅイのビワの剪定。白ビワの木をばっさり切って袋かけなどの作業をしやすくなるようにした。来年は余り収穫は無いだろう。再来年は良いのができるかも。
 ギンツー(ムクノキの実)が成っていた。子どもの頃よくうむして食べていた。
 午後はごろごろしたり、魚をさばいたり、細々の作業を少ししたりして過ごす。自転車のスタンドを取り替えたのだが、自転車本体は15年くらい経つ。ブリジストン製で、「錆びにくいのを」と言って買ったのであるがサドルはほとんど錆びていない。質の良い自転車だった。祝島ではすぐ錆びてしまうのである。
 肴はハマチの刺身、エビの茹でたの、アジの南蛮漬け、エビやカボチャの炒め物。ヒロコおばさん頑張っていた。地産地消である。エビは岡本のまあちゃんからよく貰うのである。今日も貰った。
 少しハマチなどお裾分けもした。
 ヒロコおばさんは10月にある法事の算段をしていた。
 夜、タッチャンが来て芋の話などをした。サトムスメが一個2.1kgとか言っていた。商品には大きすぎるようだ。タカトオのは330gが最高だった。


9月29日(月)曇り 北風 雨
 朝西風の音がしていた。強い西風は久しぶりで、急に涼しくなった。
 雨も降り風もあり、今日は遊漁船以外は、皆漁は休みのようである。診療所も20人足らずだった。月曜はいつも少ない曜日ではある。
 りっちゃんに法事のお裾分けを沢山いただく。我が家も寿司を仕込んでいたのでにぎり寿司を作る。


9月30日(火)雨 凪
 昨日からずっと雨である。明日まで続きそうである。
 台風15号は四国沖を通りそうなので船の避難はしていない。
 来月からはモイカの解禁である。台風通過後に海が穏やかになったらコージロのモイカに会いに行こう。今年は祝島の海岸近くにはモイカが多いということだ。


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