祝島日記 2009年1月 08nikki12.html へのリンク
1月1日(木)晴れたり曇ったり 西風
2009年は冷たい西風の強い日からの出発になった。
実業団駅伝の最終区間が始まったところでヒロコおばさんと行者様に詣った。秀人君達、敏坊さん達と会った。
帰りに墓に寄ってみた。
実業団駅伝は富士通が優勝していた。
今日は年賀状を書き始めた。
1月2日(金)晴れ 西風
西風は少し弱まる。
今日は年始回りをした。
初めに荒神様に挨拶をして、綿村に行って、その後診療所で仕事初めをして、夕食後浜本から電話があって行った。少し酔っぱらって帰りが遅くなった。
荒神様の周辺をうろついたので辺りの様子がかなり飲み込めた。炭窯の跡が2つあった。木との新しい出会いもあった。帰りに久しぶりにアコウの木を見てきた。大きくなったように感じた。 荒神あたりの木など
1月3日(土)晴れ 凪
朝ゆっくり起きてごろごろした後、昼から釣りに出る。ヒロコおばさんは柳井に出る。ユウベエが日帰りで柳井に出てくるそうである。
ヤオでヤズを釣るつもりだったが、ハマチが1つだけ。カミカドに行くが、1つ1kg級が来ていたがもげてチダイ1匹。
夕便で出て柳井に行く。久しぶりにユウベエ、ナゴジロー、ヒロコおばさんとの4人で夕食。
19時の電車でユウベエは広島に帰る。
1月4日(日)晴れ 西風
今日はリョウキチがやってくる。4人で昼飯を食べて晩飯を食べて、19時の電車でリョウキチは広島に帰った。
1月5日(月)曇り 凪のち西風
朝、久しぶりに鍼灸院に行って鍼と灸をして貰う。
今日はナゴジローが14時の電車で徳島に帰っていった。暮れから新年の柳井の住処はナゴジローが主で棲まっていた。
おら達はナゴジローを見送った後夕便で祝島に帰った。2日半、海と山をうろつかなかったのは久しぶりである。
本を数冊買って帰った。
1月6日(火)晴れ 西風
診療所20人余り。レセプトを綴じ終わる。レセプトというのが大分わかってきた。
1月7日(水)曇り 西風
診療所40人近く。
夕方五月丸に出て、ハマチを上げて鱗を取ったり頭を落としたりして持って帰る。よく太ったハマチで3kgを越えるくらいのである。
1月8日(木)晴れ 凪
診療所30人足らず。
芸術的な料理をいただいてご馳走になる。
ハマチの刺身も旨い。
1月9日(金)曇り 凪のち大西風
ホームページの容量が一杯になったのか写真が載りきらなくなったようである。どれかを削ろうかと昔のファイルを開けてみるとなかなか懐かしくなって削れなかった。当分字だけで行こう。
昼前から大西風になった。今度の連休は釣りに出られそうもない。
日曜日にはダンディーズのギターの練習日である。
1月10日(土)晴れ 大西風
寒気が流れ込んだ。西風も強い。
18日に氏本の長ちゃんのところの練り塀蔵でピアノのコンサートがある。
ネット21会員宛のメールが来ていた。
以下、長ちゃんからのメール。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
このたび、祝島との交流を通じて積極的に上関原発反対運動などにも参加してくれている「NPO光けんじのがっこう」指導員一同の呼掛けで「ふるさとの美しい海、自然、それは未来への架け橋。明日を生きる子どもたち、すべての生きものたちのために・・・」をテーマに、祝島の豊かで恵まれた自然を守り次代に伝えることをみんなに呼びかけるピアノコンサートを開催します。
そもそもは東京在住の祝島関係者で、このメーリンググループメンバーでもある花田さんのご紹介ということで、全国の家庭で冬眠状態にあるピアノを復活させる運動に取り組んでいるピアニスト河野康弘さんの斡旋によるピアノと、河野さんご自身による演奏です。
会場は氏本の練塀蔵〜こちらも冬眠状態にあった蔵を島外の方々との交流スペースとして役立てたいと復活させた場所で、昨年暮れには河野さんが会場下見も終えています。
このコンサートは、上関原発を拒否し、これまでも、これからも豊かな自然を生かした祝島興しを目指す趣旨ということで、「島民の会」も賛同、後援してくれることになりました。
またコンサートの趣旨に、先日の朝日新聞「にほんの里100選」選出記念も急遽追加しました。
当日は日帰りも可能な時間設定にしていますので、島外の方もふるってご参加くださいますようご案内いたします。
日時 17日(土)ピアノ海上輸送、搬入、弾き初め
18日(日)3回に分けて演奏会(大人1,000円、 子供500円)
11:00〜12:00 島のお年寄り&幼児(無料ご招待)
13:30〜14:30 子供&大人
15:30〜16:30 一般の方
演奏会場 氏本宅(6区)練塀蔵
参加お申込み、お問い合わせは以下にお願いいたします。
氏本携帯 090−1645−5556 またはメール farm-ujimoto@iwaishima.jp
でも可
NPO光けんじのがっこう 0833−72−1885
一昨日くらいの新聞に山口弁についての記事が載っていた。防府のもりかわさんという人が30年くらい前から調べたりしていると言うことである。
祝島の方言メモ:形容詞の二字目が「あ」の列の時、あを伸ばす(いがあになる)。〈例〉固い・・・固あ、赤い・・・赤あ、狭い・・・狭あ、近い・・・近あ、ひやい(冷い)・・・ひやあ(冷あ)、その他むさあ、じまあ、でかあ、でっかあ等
昼からソーヅイに行って枇杷の木の剪定をする。来年用である。伊藤の所でシガラの木のかなり大きいのを見つける。根の付け根がうとろになっている。目通し2.10mくらいである。
今日は雪がぱらついた寒い一日だった。
肴はハマチのにぎり寿司風。
1月11日(日)くもり時々雪や雨 西風のち凪
ソーヅイで枇杷の木の枝を切ったり、その枝を焚き付け用に短くきったりする。午後は雪がぱらつく。帰って夕便で出て大島に向かう。
大島さんちでギターの練習。みんなと合わせられるほど身に付いていなかった。帰ってまた練習だ。
柳井泊。
1月12日(月)曇り時々雪や雨 大西風
夜中から風が強まる。6時の便で祝島に帰る。昼に葬儀。
海は大荒れだが「いわい」が休むことはまず無い。よく働くと感心する。
一日休養日。夜に雪が降り、ひらぎが真っ白になる。写真を撮る。その後しばらくして蓬莱館から帰る途中のタダトシクンが知らせに寄る。後で足跡を見ると上に向かっていた。
1月13日(火)曇り 西風
冷たい一日だった。風は少しおさまった。診療所40人余り。
夕方五月丸に出てワイナを釣る。
今日は寒いので鍋だ。風呂水は井戸水を使う。天日はこのところ無効である。
1月14日(水)曇り昼頃から雨 凪のち西風
今日も大変冷たい一日。診療所40人足らず。
今日も鍋。肴はハマチの刺身。まだいける。
1月15日(木)曇り時々晴
診療所30人足らず。
肴にワイナをせごしや煮付けにしてやっているとシンタロウ君の電話で、サトシ君から誘いがあって行って少し飲んだ。帰りは日が変わっていた。
1月16日(金)晴れたり曇ったり 西風のち凪
診療所は30人半ば。
昼まで少し頭が重かった。
1月17日(土)晴れ 凪
久しぶりの凪。今年初めてくらいの凪だった。久しぶりに沖に出た。鯛が5つとチダイが4つ。イサキが1つとアジが10ばかり。小ぶり(2kg〜3kg)のハマチが2つ。ピアノの運搬があると言うことで10時過ぎまで釣って帰る。
予定より少し遅れてピアノが到着。氏本家の蔵に収まった。
午後また釣りに出るが引き潮には釣れなかった。アジ2匹。今日のアジはいい形のアジだった。
夜、明日のコンサートの前夜祭と言うことで河野さんのピアノを聴きに行った。こんな風に近くでジャズを聴くのは初めてだろう。千葉にいる頃1回だけ新宿のジャズの店に聴きに行ったことがあった。トランペッターの日野てるまさの頬や首のあたりがすごく弾力性があるのにたまげた記憶がある。
1月18日(日)曇り 東風
朝釣りに出るが釣れない。そのまま室津に行って、車に魚や荷物を積んで帰る。昼の便で出る。魚を知り合いに持って行く。田布施の熊毛の同期生にも会ってきた。
美鈴食堂でチャンポンを食べる。ここは旨いのだが、大盛りで全部食べきるのになかなか気合いが要る。高校生向きに調理、盛りつけをしている気がする。 夕方、ダンディーズのギターの練習に行く。少し合奏について行けるようになった。見通しが付いたと言うところ。
1月19日(月)曇り 西風
診療所20人余り。人数の割に仕事量は多かった。
鯛が祝島周辺に寄ってきているようである。今年は少し遅かった。
1月20日(火)晴れ 凪
診療所20人足らず。午後は余裕があった。
鯛があるので寿司を作って、わさびと鯛のネタを乗せて食べた。握らぬ寿司である。
1月21日(水)曇り 凪
診療所30人足らず。
PTAスポーツに参加。ヒロコおばさんと合わせて一人前と言うところだった。エベス家の子ども3人はやっているうちにずんずん上手になった。
小学校に久しぶりに入った。
1月22日(木)曇りのち小雨 西風
診療所40人足らず。
肴はいただいたネバルの刺身と煮付け。刺身にした大きいのは350gあった。
心配した神経痛はそれほどひどくはならなかった。
1月23日(金)曇り時々小雨 凪のち大西風
診療所20人半ば。午後はかなり余裕。
氏本さん所の豚が出産したようである。厳しい時期ではあるが5頭は元気なようである。1頭は出てきたが体温が上がらず死んでしまったという。
1月24日(土)晴れたり曇ったり時々雪がちらつく 西風
昼前から昼過ぎまでタカトオでヨセを切る。雪見コーヒーを飲んだ。
午後ナガイソに生ゴミを埋める。スイカをそこに植えてみよう。ハゼの木の小さいのを切っておく。春から秋まではハゼに負けてしまうので冬しか切れない。
雪がちらついた。冷たい一日。明日はもっと降り積もるかも。
豚の子どもは元気だそうである。長ちゃんは暗くなって、「これからもう一度様子を見に行く所」と言って行った。普段も笑顔が多いが、豚の話をするときはいつも笑顔である。
1月25日(日)小雨 西風
朝、予想に反して小雨が降っていた。風もまだおさまらないようである。夕方にはおさまるだろうからと、釣り道具をなおしておく。
ホームページをたつって更新しているといつの間にか雪になっていた。予報が当たった。寒気と今日の天気図のようなときに祝島は雪になることが多いのである。ヒロコおばさんも珍しく木村予報官を褒めてくれた。本州側は積もっていないのである。
午後、枇杷の葉っぱをストーブで乾かして枇杷茶を作った。
小雨の中、もいちさあとヤッチャンがテーラーでハッサクと伊予柑を持ってきてくれた。
ハナグリに釣りに出た。アジのいい形のがぼつぼつ釣れる。何か得体の知れないのが釣れていたがもげた。到底捕れそうな代物ではなかった。鮫かエイだろう。ヒデガサキの方でカモメが騒いでいるのに気づいて行ってみるとヤズらしいのが湧いていた。鯛サガリでやると釣れたのはいいが手がかじかんでいるのと滑る糸なのとでなかなか上がらなかった。7本釣り針があるのだが全部に釣れていたようで、1つ釣りがのっていてもげ、6つほど捕れる。2つは小さいハマチだった。後は釣れなかった。
1月26日(月)小雨 凪
診療所20人余り。
田ノ浦の遺跡調査が始まったようである。半年掛けての調査だということ。
肴はヤズの刺身。
1月27日(火)晴れ 凪
久しぶりに穏やかな天気だった。診療所30人半ば。
久しぶりに青い菜っ葉を貰って食べた。
肴はアジの刺身など。
今度の沖小の学芸会にダンディーズが出るのでギターの練習をしていたのだが、見通しが付いたと言うところ。指先を包丁で切っていたのだがほぼ治った。
1月28日(水)晴れ 北風のち凪
診療所30人半ば。きよしさん、大鯛を4つ釣ったそうである。流し釣りの鯛シーズンだ。コージロでも鯛が待っていることだろう。行くのが楽しみである。
昼は久しぶりに温かった。太陽温水器の水がぬるんだ。
肴は〆ヤズとアジの刺身。ヒロコおばさんが浜栄さんにエビの揚げたのを貰ってきた。
1月29日(木)曇り 凪
診療所約30人。
1月30日(金)雨 北風
診療所約40人。
1月31日(土)雨のち晴 凪のち北西風
朝便で出て、ダンディーズの一員で沖小の学芸会に出る。終わって一段落。帰りにみゆうちゃんとゆいかちゃんに会った。カードなどを貰った。いつも楽しい作品をくれるのである。ヤズが好きなようである。
昼食は田中食堂のオムライス。その後すぐプールに行った。神経痛での運動不足を補うつもりで行ったのだがなんとか1000m泳げた。
帰りは北西の風があったが予報ほど強くならないようだ。