2020日記

神舞延期。四月の招魂祭が年度はじめの自治会行事。
おらは山の仕事・海の仕事を神経痛と折り合いをつけながらすすめる。
AKB71活動である。これはアワビ・アボカド・コッコー・ビワの、ビクや木を合わせて71そろえようと71歳から始めたおらが活動なのである。

山の仕事の場所は主にカタアと宇山というところで、しず坊からもらった土地を再開発していく。
以前田にしていた後、柑橘を植えていたようである。30年位前からの休耕地のようで、名残はハッサクの木2本。1本は3月末に見つかった。ミカンの木は1本枯れた木の形跡があるのみ。
山地もあるが、まず荒れた畑地の所の開拓である。畑地にはかなり大きな木や、竹が林になっている。
通常の一日のパターンは、まずアワビのビク2~4個のしごをして、山に行く。山の作業は藪の開拓とアボカドの植え付け、その他の果樹の苗の植え付け、果樹の間に少しの野菜を作るなど。気が向いたら釣りに出る。
社会全般はコロナで大変なのであるが、ビクの作業、山の作業は一人での活動でマスクも不必要な活動になる。
六月末現在、AKB農園にはアボカド43本、ビワ5本、コッコー4本、パパイヤ8本(うち3本は最近イノシシに掘り起こされ、瀕死の状態)、フェイジョア3本、オリーブ4本(挿し木したのがあと2本ついているようである)、ハッサク2本。まだ二年目なので収穫は昨年秋の野菜パパイヤ数個だけである。

アワビは小さいのを購入して、試験養殖という形で育てている。ビクの数20あまりで、目標のAKB71は達成した状態にある。
アワビをビクで育てることで大変なのは、ビクの掃除である。指導員さんの話では、アワビの足の部分(くっついたり動く部分)は粘膜みたいなもので、傷つきやすくびくの中をきれいにしてやらないと生存率が低くなると言うことである。その話を裏付けるように一年目はほとんど死なせてしまった。餌も十分とはいえなかった。
きれいにして餌をたっぷりやれば育つ。これがわかったことである。
餌はナカバエでアラメやワカメを採り運ぶことが多いが、神経痛で、ほとんどヒロコおばさんに運んでもらう。それとミチヨさんが磯に行ったときに採ってきてくれる。

右の1枚目の写真は刈りはいだところで横たわっているのはネムノキ。もとは田だったようだが、おなご竹の藪になっていた。
桜の木とネムノキはなるべく切らないようにしている。

6月20日は一年間たまった粗大ゴミ(金属類)の積み込み準備。若者の活動で、今年は量が少なめだった。22日に、台船に積み込んで持ち帰った。

6月24日には五月丸の船たでをした。作業はいっ君と金ちゃんに依頼。おらは足腰不調で作業不能。若者がいると本当に助かる。
おらの足腰不調は、どうも脊柱管狭窄症のようである。椎間板ヘルニアがまた進んだというところである。
ヒロコおばさんが「ウルトラマン」と呼んでくれるようになった。有り難い呼び方である。「活動は3分間」が共通しているということで中々いい呼び方だ。

AKB農園はカタア、宇山というところにあり、東の一番上の道を行き、急な坂を下りる。または中の道を行き、細い道を歩き上に上がる。どちらもバイクで行った後、徒になる。
6月末から7月初めは上の道から下がる急な細い道(この道が歩く距離が少しだが一番短い。)にを段をつけて、歩きやすくしている。小さい歩幅で約200歩の坂道である。ウルトラマンなので、3分間やっては休憩で中々進まない。
2枚目の写真はAKB農園からの景色。島はウヤシマ。

6月から7月にかけて、イノシシが歩いて、少し植えてあるジャガイモや、芋の苗をほじくった。
同じ頃、ゴーロ(3枚目の写真)とネムノキに花が咲いた。ムクゲも咲き出した。ゴーロは祝島の方言でコオニユリの花である。昨年種を採って植えてみたら何本か芽を出した。球根が大きくなったら花を着けると思うのだが、何年後になるだろう。

7月8日にアワビの餌にするアラメを採りに行く。頑張ってアカバアまで行ってみる。放流して2年と思われるアワビがいた。2つほど採って帰る。2つとも大きさ8㎝、重さ60gramでよく育っている。放流アワビは尻が緑色なのでわかる。卵から天然のアワビは山口県では10㎝以上でなくては採ってはいけないきまりである。
ムラサキウニも4つ採って帰り、夕食で食べる。

今年の雨は激しい。祝島では県道(垂水)が土砂が崩れて通れなくなった(7月10日頃)。ミウラの方の山道(町道)も通れないところが出た(16日)。九州の方は大変な被害である。

山口県でコロナ感染者が出た。7月18日の新聞では3人。
7月19日は海岸清掃。島の人150人くらいで海岸をきれいにする作業である。老齢になり、人数も減ってきたということで、有志で事前に草刈りなどをしてくれている。おかげで皆での作業当日は1時間半足らずで終えることが出来る。感謝である。


7月21日出張で室津に行く。早めに五月丸で行き、平生でセメントなどを買う。出張の用件が終わった後、試験養殖のアワビの稚貝を受け取りに室積まで行く。室積の港の中には、流れ着いた木や竹、草木などが海面を覆っていた。かき分けながらゆっくり入った。このところの大雨で瀬戸内海には流木などがたくさん流れている。
稚貝は14ミリ、0.4グラムの小さなもの(左の写真)で1000個ほど買った。
祝島に帰り、4つのビクに分け、昨日採っておいたアオサとアラメを入れる。小さいアワビにはワカメが柔らかくていいのだろうが、今はもう磯にワカメはなくなっている。アオサとアラメで我慢してもらう。

2本植えてあるカタアのスイカが熟れ始めたのだが、多分カラスだろうものに横取りされてしまった。7月22日小玉スイカが半分残されていたので持ちかえり食べた。
孟宗竹を切った切り口に水がたまり、発酵し、酒の匂いがしているのだが、それを吸いにヒトリンバア(コガネムシ)が来ている(上から5番目の写真)。ヒトリンバアはよくシガラ(アキニレ)の樹液を吸っているのを見かける。

ヨボシでヤズが釣れる。今年はヤズが島の周辺から逃げないでずっといたようだ。今は1.5キロくらいになっている。(5匹を組合にイカス(販売する)と7.4キロだった)

7月28日ビクのしごをしていると雨が降り出した。梅雨の最後の雨になりそうだ。
AKB農園の夏草が茂ってきそうだが、アボカドやパパイヤの木も大きくなるのを期待しよう。

7月29日お日様が出て暑くなった。汗がよく出る。ほんの少しずつの道の整備作業を続けている。ちりも積もれば、の心構えである。

7月30日中国地方が梅雨明けを迎えた。鍬の柄の材料を調達した後、山道の整備作業にウルトラマン活動(3分間作業)で励む。

種からのパパイヤの木が大分育ってきた。(左の上から2番目の写真)

8月に入り暑い日が続く。

8月10日台風4号が対馬の西を通り北上した。五月丸は東の波止に泊めたままだったのだが、マジがそれほど吹かないで良かった。少しすぱえた。
昨日、今日とアワビのしごは休んだ。
山道整備ののウルトラマン活動はした。道ばたの草刈りや土砂の除去作業である。
祝島の山道(町道)は斜面を切り開いて作った道なので、当然ながら年月とともに少しずつ上から土や石が落ちてたまる。そこに草も木もはえて道が狭くなる。
10月末には主な道を、島の人みんなで「道こしらえ」として作業するのであるが、昔より労力が減って中々大変なのである。普段からカッツーさあやしんげえさあやらボランティアで草刈りをよくやってくれる人がいて非常に有り難い。おらも微力ながらウルトラマン活動を生かしてやっているのである。おらは元々原始的な活動が好きなのであるが、体力が衰えているので道具に頼っている。

8月11日山道の穴(三つ目)をコンクリートで埋めた。石が転げ落ちて舗装を壊して穴が空いている所がかなりある。雨がしみこんで道が崩れる要因になると思われる。今年は大雨が降り、被害につながるのではと気になった。

8月13日山道の草刈りをして、ヨボシで釣りをした。もちろんその間には休憩(バッテリーの充電)をたっぷり取った。
釣りの後、満潮時に東の海水浴場に入った。ふつう浴場ではおよいではいけないのだが、海水浴場では泳いでも良いので泳いでみた。腰が伸ばせるか不安だったがなんとかクロールを泳げた。夏間になるべく泳いでおこうと思う。

8月14日、15日と山道の整備作業。同じく夕方は東の海水浴場に入り、泳ぐ。15日はユウベエも泳ぐ。

16日は久しぶりに山道整備で石垣修理をした。ところどころ石垣が崩れているのである。道の下側の崩れは町が修理をしてくれるのだが道の上側は持ち主がやることになっている。今は持ち主がもう農業をしていない場合や島にいない場合が多く、通れる程度に石を片付け、修理はしてないところが多くなる。時々気が向いたらウルトラマン活動Bでやることにしている。 

17日は女性4人を五月丸に乗せてトビイシに泳ぎに行った。皆さんそれぞれ楽しんだようで良かった。(右の写真)
トビイシは名前のように大きな石が多い。昔はもっと多かったようである。東の波止を作るためにここの石を運んだと言うことである。花崗岩と安山岩と片麻岩の大きな石である。

21日はヒロコおばさんの発案でサザイをトオリヤに採りに行った。ヒロコおばさんが10個くらい採った。うれしそうだった。ついでにアラメも採って帰った。
トオリヤは祝島の地名では「通り矢」と書いたものがある。子供の頃は海岸ぶちの瀬に長い洞窟(穴)があった。多分ゴチなどが釣れたのではないかと思う。矢を射たら穴の向こうに通ったのではないかと思う地名である。今は道路を作った時つぶしたのだろうなくなっている。

この十日間くらいは連続で主に午後、ウルトラマン活動Bを続けている。午前はたいていAKB活動である。
おらが農園の芋づるはイノシシにやられて全滅した。昨日(27日)はカッツーさあに芋を2蔓もらった。帰り道に掘ったばかりのところに出会い、2つ所望したら2蔓くれた。
我が家の食材の半分くらいは頂き物である。もちろん我が家の収穫物も馬鹿にはならない。

山道の整備作業を少しの間中断。9月1日にユンボのクローラがちぎれてしまった。
炭焼き窯を作ってみようとウルトラマン活動を始める。千里の道も一歩から。

台風9号が3日夜中に吹いた。予想以上に我が家は風の音が大きかった。家も船も大丈夫だった。

5日ユンボのゴムクローラが届いた。
家や船の台風への備えをする。ひさ坊や、民ちゃんが手伝ってくれた。

6日クローラを取り替えようとするが、ボルトが外せないのでたつつが結局外せない。思案する。
台風通過後、結局ボルトの頭をヤスリで切り落としてカバーを外し取り替えることに成功。

9月7日台風10号が昼頃対馬の横を通過。昨日から今日にかけて風が吹いた。7日夜中から明け方まで強い風だった。朝5時過ぎに停電。6時頃連絡があった。昼に復旧した。長島側が不調だったのだろう。
昼を過ぎても中々風は収まらない。東の波止の中は吹き荒れている。
船は大丈夫だった。

10日には五月丸を東の波止に回す。
アボカドの木が数本傾いているが大丈夫のようだ。カタアのAKB農園はマジがあまりあたらないので、その点良い。
行く道には少し倒木などが道を塞いでいるが、通れるようにする。葉がたくさん落ちている。

14日、15日ビワ茶用の葉をとる。

16日トオリヤあたりでサザイをとる。上を長袖シャツでとっていたら寒くなった。17日もとった。ウエットスーツを着た。サザイは少なくなったようだ。アワビの餌のアラメを二袋とった。今年のアワビの稚貝は生存率がいい。ビクのしごをしているからだろう。ビクのしごと餌やりが最重要のようだ。

18日昨日の夜から雨が降る。白菜や大根の種をまくのにいいうるいである。おらもほんの少し3日位前にまいた。

夜眠り薬代わりに文庫本を読んでいる。本州にたまに出るとき、平生の古本屋さんで4~5冊かってくる。探す本は池井戸潤、荻原浩、今野敏、真保裕一、誉田哲也などで、読んでいたのを忘れてまた買ってしまうことも多い。真保裕一の本は、たしか東京に行ったとき、せい子ちゃんにもらった「ヒトリシズカ」を初めて読んだと思う。何かのきっかけでたまたま読むようになる。最近は古本屋にたくさんあるので読み始めたのが恩田陸の本である。原発の本はいつも寝床の近くに置いてある。高木仁三郎の「プルトニウムの恐怖」は聖書みたいなものであるが内容をすく忘れてしまう。

22日炭焼き窯のウルトラマン活動は少しずつだが進んでいる。極意は「ちりもつもれば山となる」である。
山道整備作業も標高が下がってきた。

9月のビワの葉収穫作業50キロ弱。10月も引き続き収穫する予定である。臨時収入にもなるのである。

早くも10月になった。
中旬になって、久しぶりにコージロに行ったら鯖、チダイ、ハマチが釣れた。
このところコージロに行く途中でヤズが釣れる。もう1キロを越えるくらいに大きくなっている。コージロの鯖も魅力だが、ちょっと釣りに出るには中々いいところである。今日(18日)はそこでヤズ以外に運良く1キロくらいの鯛がひとつ釣れた。